10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

フランス史

2世紀のフランス ローマ帝国 五賢帝の全盛期

2世紀、日本はまだ弥生時代で小国が乱立していた。いくつかの国が中国へ使いを送っていた。 そのころのヨーロッパは、ローマ帝国の全盛期である。この時代を五賢帝時代という。ローマ帝国は、ヨーロッパはもとより、北アフリカや中東の東半分を支配していた。…

3世紀のフランス ローマ帝国 3世紀の危機、軍人皇帝時代

3世紀の日本は、邪馬台国の卑弥呼が活躍した時代。中国はまさに三国志の戦乱期にあった。 このころのローマ帝国も、漢王朝(中国)同様、巨大帝国の崩壊期を迎えていた。

4世紀のフランス コンスタンティヌス大帝とゲルマン民族の大移動

4世紀、日本は古墳時代であった。中国が戦乱期のため、このころの日本の情報は乏しい。 ここから、フランスから外れてローマ帝国の話に入る。4世紀のローマ帝国は、コンスタンティヌス大帝の時代である。

5世紀のフランス 西ローマ帝国の滅亡とフランク王国の成立

5世紀、日本では巨大古墳がたくさん造られた。 4世紀末、巨大なローマ帝国は東西に分裂。東ローマ帝国は繁栄をつづけた。しかし、西ローマ帝国は、ゲルマン人の侵入やアジア系騎馬民族の侵入で混乱。5世紀、オドアケルによって滅亡した。 フランスでは、フラ…

6世紀のフランス メロヴィング朝 ユスティアヌス帝の地中海再統一

5世紀、日本では仏教が伝わり、聖徳太子が摂政になった。 このころのフランスなどの西ヨーロッパは、西ローマ帝国が崩壊。ゲルマン民族の国が乱立した戦乱期であった。そのような中、ビザンツ帝国(かつての東ローマ帝国)に英雄が現れる。ユスティアヌス帝…

7世紀のフランス メロヴィング朝 イスラム教の成立がフランスにどのような影響を及ぼしたか

7世紀、日本は飛鳥時代。大化の改新が行われたころである。 このころ世界では、預言者ムハンマドが神の啓示をうけた。イスラム教の始まりである。 ヨーロッパでは、地中海を支配していたビザンツ帝国が急速に衰退。代わりに台頭してきたのがフランク王国など…

8世紀のフランス カロリング朝 ムハンマド(イスラム教)なくしてシャルルマーニュ(カール大帝)なし

8世紀、日本は奈良時代で奈良に大仏が建立された。奈良時代の文化は国際色豊かでとくにペルシア(イラン)の文化を色濃く受けている。 そのペルシアは、アラブ帝国ウマイヤ朝の支配したにあった。当時のヨーロッパはウマイヤ朝の脅威にさらされていた。 一方…

9世紀のフランス カロリング朝 フランスの誕生 カール大帝とその孫たち

9世紀、日本は、平安初期。菅原道真公が遣唐使を廃止した時代である。 フランスの9世紀は、カール大帝の戴冠(800年)によって始まる。カール大帝の孫の世代になると相続争いが起こる。これによって、フランク王国は、フランス、ドイツ、イタリアに分裂した。…

10世紀のフランス カロリング朝 パリ伯、カペー朝を開く

10世紀、日本は平安時代中期、遣唐使が廃止。ひらがなや寝殿造りなどの日本独自に国風文化が花開いた。 このころのフランスは、まだ西フランク王国と呼ばれていた。北部ではノルマン人の海賊行為に悩まされていた。ローマ教皇は、東フランク国王オットー1に…

11世紀のフランス カペー朝 弱いフランス国王、強いイングランド国王、十字軍はじまる

11世紀、日本では紫式部が源氏物語を完成させた。 そのころ、フランスは、カペー朝の時代であった。とはいっても、地方は有力諸侯が支配していたため、国王の権威はほとんどなかった。 近隣諸国では、イングランドではノルマン朝が成立。ドイツ(神聖ローマ…

12世紀のフランス カペー朝 十字軍前半戦 フィリップ2世とイングランド(アンジュー帝国)

12世紀、日本では平清盛や源頼朝など武士が活躍する。 このころのフランスは、十字軍の真っ最中である。一方で、フランス西半分はイングランド国王支配下になる。フランスは、十字軍とイングランドの両方と戦うことになる。

13世紀のフランス カペー朝 十字軍後半戦 モンゴルとルイ9世

13世紀はモンゴルの世紀である。日本では鎌倉時代で、この時元寇を受けた。 この13世紀、フランスでは十字軍が行われていた。13世紀前半、フィリップ2世がイングランドを追い出し現在のフランスが成立した。 13世紀後半になるとモンゴルがヨーロッパや中東へ…

14世紀のフランス カペー朝 教皇のバビロン捕囚と百年戦争

14 世紀、日本では鎌倉時代から室町時代へ移行する時代である。この14世紀は、疫病が流行したため、経済は停滞した。 フランスも例外ではなかった。経済の停滞に加え、十字軍の失敗で困窮していた。14世紀に入ると、教会への課税を開始。これにより教皇のバ…

15世紀のフランス ヴァロワ朝 百年戦争に勝利し国王の権力が高まる。

日本が室町時代だった15世紀。フランスは中世最後の戦い百年戦争に勝利。これによりフランスは王室の権威が高まり、国土も現在のフランスとほぼ変わらない状態になった。 15世紀末になると、大航海時代が始まりいよいよ近代に入っていく。このころ、フランス…

16世紀のフランス ヴァロワ朝 ユグノー戦争でブルボン朝が成立

日本が戦国時代で織田信長や豊臣秀吉が活躍した16世紀。ヨーロッパは近代が始まった。大航海時代、ルネサンス、そして宗教改革である。 16世紀前半は、カール5世の大帝国の時代である。カール5世は、新大陸、スペイン、イタリア南部、ドイツとアジア地域以外…

17世紀のフランス ブルボン朝 ユグノーが支えた太陽王ルイ14世の絶対王政とヴェルサイユ宮殿

17世紀、日本では江戸時代の初期で、中国では清王朝が成立したころである。 17世紀のフランスは、16世紀末に成立したブルボン朝が貴族の権限を弱めて絶対王政を確立する時代である。それを支えたのがリシュリューとマザランである。 そのフランスが全盛期を…

18世紀のフランス ブルボン朝 太陽王ルイ14世の全盛期からフランス革命前夜まで

18世紀のフランスは、太陽王ルイ14世の全盛期からフランス革命までのブルボン朝崩壊の時期である。その崩壊の要因は度重なる戦争である。フランスは大陸で戦争を遂行しながら、北アメリカとインドでイギリスと戦争を行っていた。 18世紀のフランスを主要な戦…

1790年代のフランス 5分でわかるフランス革命

フランス革命は、1789年7月14日のパリ市民がバスティーユ監獄を襲ったことから始まった。当初、フランス革命は、貴族への課税を求める貴族と農民の争いであった。革命は、瞬く間に加速した。ラ=ファイエットは人権宣言で所有権を認めた。ジロンド派は国王を…

1800年代のフランス ナポレオン、ローマ教皇より戴冠を受け、ピット率いるイギリス海軍と戦う。

1799年、ナポレオンのクーデターでフランス革命は終結した。イギリス、オーストリアと講和が成立すると02年終身統領になる。フランス革命の総決算としてナポレオン民法典をまとめる。しかし、04年、ローマ教皇から戴冠を受けるとイギリスのピットを中心に第…

1810年代のフランス 第一帝政 ナポレオンの没落とウィーン会議

1810年代に入ると、ナポレオン帝政にも陰りが見え始める。12年のロシア遠征失敗である。14年にパリ陥落。ナポレオンは退位した。18世以降戦争が終われば講和会議が行われる。ナポレオン戦争では、ウィーン会議である。ナポレオン戦争とウィーン講和会議で、…

1820年代のフランス シャルル10世の反動政治とギリシャ独立戦争

ウィーン体制によって、ブルボン朝は復活した。しかし、絶対王政に戻ることはできず、イギリスと同じ立憲君主制となった。また、参政権を得たのは大資本家のみでほとんどの国民は選挙権を得られなかった。24年シャルル10世が即位すると貴族向けの反動政治を…

1830年代のフランス 七月王政 アルジェリア出兵と富裕層中心の七月王政

1830年、シャルル10世は北アフリカのアルジェリアに出兵。同じころ、議会選挙で反王政派が大勝。シャルル10世は、これに対し議会を解散。これをきっかけに七月革命がおこる。 反王政は、新国王ルイ=フィリップを擁立。七月王政が始まる。制限選挙の影響で大…

1840年代のフランス 七月王政 二月革命(48年革命)とナポレオン三世の登場

七月王政下のフランスは、立憲君主性になっていた。しかし、選挙権は貴族と少数の富裕層に限られた。そのため、都市労働者や産業資本家(中小企業の社長)は不満を持っていた。46年に凶作と不況が起こるとこれが爆発。48年二月革命が勃発。七月王政が倒れ、…

1850年代のフランス 第二帝政 ナポレオン三世の栄光 と クリミア戦争

48年の2月革命で大統領になったナポレオン三世は、52年国民投票により皇帝になった。ナポレオン三世、農民、資本家、労働者の利害の異なる勢力に支えられていた。英仏通商条約を締結し、自由貿易と国内産業育成に努めた。エジプトでスエズ運河の建設を始める…

1860年代のフランス 第二帝政 ナポレオン三世の失政 海外遠征の失敗と普仏戦争の敗北

1860年代のフランス ナポレオン三世は、国内産業支援を進める一方、対外戦争に積極的に参加した。67年に万国博覧会を開催している。 しかし、このころになるとナポレオン三世の栄光に陰りが見え始める。メキシコ遠征に失敗。ベトナム遠征には成功しているも…

1870年代のフランス 第三共和制 普仏戦争とパリコミューン、露土戦争とビスマルク宰相

日本では、明治新政府による近代化政策をすすめる1970年代。 フランスでは、普仏戦争の敗戦で、ナポレオン三世が失脚。第三共和制が始まる。当初は、ボルドー臨時政府(産業資本家など)とパリコミューン(パリ市民)が対立。最終的には、パリコミューンは武…

1880年代のフランス 第三共和制 ベトナムとアルジェリアを中心に植民地拡大をすすめる。

日本では、明治政府が国会が開設に尽力していた1880年代。フランスは、70年代の不況をうけて、植民地拡大を進めていた。アジアでは、清王朝に勝利し、ベトナムを植民地化。アフリカでは、エジプトでの影響力を失い、アルジェリアを拠点に進めていくことにな…

1890年代のフランス 第三共和政 ドレフュス事件とアジアアフリカの植民地化。

1880年代からはじまった植民地獲得競争は、90年代に入るとドイツが本格参戦を始めた。そのような中、フランスは、アフリカではアルジェリアを、アジアではベトナムを拠点に進められた。アフリカでは、アフリカ横断政策をすすめる。アジアでは、清王朝が日清…

1900年代のフランス 第三共和政 三国協商の成立 ドイツ包囲網の完成

1900年代、フランス、ロシアがそれぞれイギリスと和解。ドイツVSイギリスの第一次世界大戦の構図がここに完成する。

1910年代のフランス 第三共和政 バルカン問題と第一次世界大戦

ヨーロッパは、イギリスを中心とする三国協商とドイツを中心とする三国同盟に分かれていた。しかし、アジア・アフリカの植民地化が完了し、戦争の火種を消えたかと思われた。しかし、新たな問題が生じた。バルカン問題である。この地をめぐり、オーストリア…