10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

4世紀のフランス コンスタンティヌス大帝とゲルマン民族の大移動

 4世紀、日本は古墳時代であった。中国が戦乱期のため、このころの日本の情報は乏しい。

 ここから、フランスから外れてローマ帝国の話に入る。4世紀のローマ帝国は、コンスタンティヌス大帝の時代である。

 

ローマ帝国とは

  ローマ帝国は、イタリアのローマを中心としたラテン人の国である。紀元前5世紀に共和制ローマとして建国。紀元後1世紀に帝政に移行した。
 紀元後2世紀には、最大版図を獲得。ヨーロッパ全域に中東の西半分、北アフリカまでを領土としていた。

 

コンスタンティヌス大帝

 3世紀、ローマは衰退期を迎えていた。3世紀末、ディオクレティアヌス帝によって、ローマは四分割されていた。 

 06年 西ローマの副帝

 13年 ミラノ勅令でキリスト教公認
    しかし、東ローマ皇帝リキニウス帝がキリスト教を迫害

 24年 コンスタンティヌス大帝がローマ帝国を再統一
    コンスタンティヌス帝がリキニウス帝を倒す。
    これにより、キリスト教ローマ帝国全土で公認された。

 25年 ニケーア公会議
    アリウス派を異端 → アリウス派は、ゲルマン民族に広まる。

 30年 コンスタンティノーブル遷都
    コンスタンティノーブルは、現在のイスタンブール(トルコ)
    この遷都により、ローマは田舎になる。

 32年 コロヌスの移動禁止令
    農奴(コロヌス)は領主を変更することはできない。
    コロヌス → 人格的に自由を持ち、家族を持つことができる。
           土地の所有権はなく
           小作料の支払い と 領主の土地の耕作義務を負う

ゲルマン民族の大移動

 61年 ユリアヌス帝、キリスト教大迫害

 76年 西ゴート人ローマ領内に侵入
   アジア系騎馬民族フン人が、東ゴート人を支配
   ドナウ川をわたり、バルカン半島に入る。

 78年 西ゴート族ローマ帝国内で反乱

デオドシウス帝とローマ帝国の東西分裂

79年 デオドシウス帝即位
   前皇帝は、西ゴート族の反乱で戦死

80年 ローマ帝国キリスト教を国教にする。
    ローマにサン=ピエトロ大聖堂を建立

82年 ローマ帝国西ゴート族と再度同盟を結ぶ。


92年 ローマ帝国キリスト教以外の宗教を禁止。
94年 古代オリンピックの終了
   
95年 ローマ帝国の東西分裂
   西ゴート人、ギリシアに侵入

 その後、ローマ帝国は、首都コンスタンティノーブルを中心としたビザンツ帝国(東ローマ帝国)とかつての首都ローマを中心とした西ローマ帝国に分かれた。

 

 

次回予告

「3世紀のフランス ローマ帝国

このころ日本は 

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このころ中国は

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