10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1880年代のアメリカ 共和党と民主党

 1880年代、日本は明治時代。大日本帝国憲法が発布されてころである。

 このころ、アメリカでは民主党共和党の2大政党制が確立された。メインブログでは当時の共和党民主党の違いをまとめています。

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1880年代のアメリカ 共和党と民主党 – 10年100年単位でみる世界史

9世紀のビザンツ帝国 ブルガリア帝国の脅威とロシアとの同盟

 9世紀、トルコ、ギリシャを統治していたのはビザンツ帝国であった。この時、大きな脅威を北に抱えていた。アジア系騎馬民族ブルガリアである。当時のブルガリアバルカン半島の大部分を支配していた。そのため、ビザンツ皇帝は黒海へ進出した新興国南ロシアのキエフ公国と同盟を結んだ。

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10世紀のビザンツ帝国 ブルガリア帝国の脅威 – 10年100年単位でみる世界史

 

1890年代のアメリカ 米西戦争とマッキンリー大統領

 1890年代、清王朝日清戦争に敗北。90年代後半に一気に中国分割に進んだ。しかし、アメリカはこの中国分割に参加することができなかった。そのために出されたのがジョン=ヘイの門戸開放令である。20世紀に入ると、列強から中国市場を獲得するために動き出す。

 なぜ、アメリカは中国分割に参加できなかったのであろうか。このころアメリカは、スペインとの戦争の真っただ中であった。アメリカはこの戦争に勝利。中米や太平洋のスペイン領を獲得した。フィリピンはその一例である。また、この時期にハワイ王国を併合した。

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11世紀のビザンツ帝国 セルジューク=トルコと第一回十字軍

 11世紀、東方正教会とローマ=カトリックは相互破門を実施した。そのような中、中東からセルジューク=トルコが侵攻。ビザンツ皇帝はローマ教皇に支援を求めた。そこで壇上したのが第1回十字軍であった。

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11世紀のビザンツ帝国 セルジュークトルコの侵攻 – 10年100年単位でみる世界史

1900年代のアメリカ Th=ローズヴェルト大統領の棍棒外交

 1900年代、日本は日露戦争に勝利し列強の仲間入りを果たした。この日露戦争アメリカにとっても重要な戦争であった。

 90年代の日清戦争で始まった中国分割にアメリカは出遅れた。しかし、日露戦争を仲介することで中国市場への足掛かりをここで得た。

 当時のアメリカ大統領はセオドア=ローズヴェルト大統領である。Th=ローズヴェルト大統領は軍事力を使って中米に影響力を行使し続けた。これを棍棒外交という。また、当時のアメリカはロックフェラーやカーネギーなどの巨大資本企業が台頭してきた。

 

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12世紀のビザンツ帝国 セルジューク=トルコ

12世紀、ビザンツ帝国は衰退傾向になった。その理由は11世紀末にセルジューク=トルコに小アジアを奪われたことである。その後のビザンツ帝国は、ノルマン人(両シチリア王国)の侵攻やブルガリア王国の反乱でさらに領土を縮小させた。

1910年代のアメリカ 第一次世界大戦とウィルソン大統領

 1910年代後半、第一次世界大戦が行われた。アメリカは当初中立の立場をとっていた。しかし、ドイツがアメリカ船を攻撃したことでドイツへの攻撃を開始した。アメリカの参戦でドイツは敗北した。

 アメリカは、第一次世界大戦を通じて債務国から債権国へ移行した。これにより金融の中心はロンドンからニューヨークへ移った。この債権の力を使って20年代以降のアメリカ外交をすすめていく。

 1910年代初頭は、共和党のタフト大統領がつとめいていたが、12年の大統領選挙で見民主党ウィルソン大統領が誕生した。

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