10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

2世紀のフランス ローマ帝国 五賢帝の全盛期

2世紀、日本はまだ弥生時代で小国が乱立していた。いくつかの国が中国へ使いを送っていた。

 そのころのヨーロッパは、ローマ帝国の全盛期である。この時代を五賢帝時代という。ローマ帝国は、ヨーロッパはもとより、北アフリカや中東の東半分を支配していた。

 2世紀後半、漢王朝が衰退が始めた。同じようにローマ帝国も陰りが見え始めた。ゲルマン民族の侵入とペルシア(パルティア)の戦いである。

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1880年代のペルシア カジャール朝隣国アフガニスタン、イギリスの保護国になる。

1880年代、明治時代の日本は、大日本帝国憲法を制定。国会を開設した。列強から一目置かれる存在にはなったが、まだアジアの小国として扱われた。

そのころ、ペルシアでは、イギリス(イギリス領インド)とロシアのグレートゲームが展開されていた。

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3世紀のフランス ローマ帝国 3世紀の危機、軍人皇帝時代

 3世紀の日本は、邪馬台国卑弥呼が活躍した時代。中国はまさに三国志の戦乱期にあった。

 このころのローマ帝国も、漢王朝(中国)同様、巨大帝国の崩壊期を迎えていた。

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1890年代のペルシア カジャール朝 タバコボイコット運動

 1890年代、日本は日清戦争の勝利に沸いていた。これにより、ヨーロッパの植民地競争は清王朝までに達した。
 そのころ、ペルシアは、イギリスとロシアのグレートゲームの最中にいた。それに反発するかのようにタバコボイコット運動が始まった。

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4世紀のフランス コンスタンティヌス大帝とゲルマン民族の大移動

 4世紀、日本は古墳時代であった。中国が戦乱期のため、このころの日本の情報は乏しい。

 ここから、フランスから外れてローマ帝国の話に入る。4世紀のローマ帝国は、コンスタンティヌス大帝の時代である。

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1900年代のペルシア カジャール朝 日露戦争の影響を受けて立憲革命へ

 1900年代、日本は明治時代末期。日本は日露戦争でロシアに勝利した。このニュースはヨーロッパ列強に分割らされたアジア各国に衝撃を与えた。ペルシアもその例外ではない。

 カジャール朝ペルシアでは、日露戦争に勝利した年、立憲革命がおき、近代化を進めていった。

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5世紀のフランス 西ローマ帝国の滅亡とフランク王国の成立

5世紀、日本では巨大古墳がたくさん造られた。

4世紀末、巨大なローマ帝国は東西に分裂。東ローマ帝国は繁栄をつづけた。しかし、西ローマ帝国は、ゲルマン人の侵入やアジア系騎馬民族の侵入で混乱。5世紀、オドアケルによって滅亡した。

フランスでは、フランク族のクローヴィスがフランク王国を建国した。

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