10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

インド史

紀元前7世紀以前のインド インダス文明から都市国家群が成立するまで

こんにちは、sekaishiotakuです。ついにインド編最終回です。最後は当然、インド四大文明インダス文明を見ていきます。

紀元前6世紀のインド 仏教が成立する前のインド

インド編も残り2回です。今回は、仏教が成立する前のインドを見ていきます。今回は、バラモン教を中心に記載していきます。

紀元前5世紀のインド インド版宗教改革 仏教の誕生

インド編もそろそろクライマックスに近づいています。今回は紀元前5世紀のインドを見ていきます。紀元前5世紀のインド最大の出来事は仏教の成立です。今回は文教が成立した紀元前5世紀のインドの様子を見ていきます。

紀元前4世紀のインド アレキサンダー大王とマウリア朝の成立

紀元前4世紀、漢王朝はまだ存在せず。ローマはまだ都市国家であった。キリスト教もイスラム教もない時代である。 この紀元前4世紀最大の出来事は、アレキサンダー大王の東方遠征である。アレキサンダー大王は中東(オリエント)を統一するだけでなく、インド…

紀元前3世紀のインド マウリア朝 アショーカ王の全盛期

紀元前3世紀、インドはマウリア朝の全盛期であった。この全盛期のマウリア朝を統治したのがアショーカ王である。

紀元前2世紀のインド マウリア朝の衰退と異民族の侵入

紀元前2世紀、中国では漢王朝(前漢)の時代で武帝の最盛期を迎えていた。イラン(ペルシア)では、パルティアの全盛期である。この頃のインドは、古代インドの四王朝時代。最初の王朝、マウリア朝が滅亡したのがこの時代である。

紀元前1世紀のインド 南インドで港湾国家サータヴァーハナ朝が成立

紀元前1世紀、インドはマウリア朝崩壊後の分裂期にあった。そのような中、南インドにサータヴァーハナ朝が成立した。サータヴァーハナ朝は、ローマ帝国との季節風貿易で大いに栄えた。

1世紀のインド クシャーナ朝の成立

紀元前1世紀、インドは分裂状態にあった。そのような中、中央アジアからクシャーナ朝が侵入。クシャーナ朝が成立した。

2世紀のインド クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝の最盛期

2世紀のインドは、クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝の最盛期である。これを支えたのは、東の漢王朝と西のローマ帝国の存在である。

3世紀のインド クシャーナ朝、ササン朝ペルシアによって滅亡

3世紀、日本は弥生時代である。卑弥呼が三国時代の魏王朝に使いを送ったころである。 このころインドは、古代インド四王朝の時代である。2番目の王朝クシャーナ朝が滅亡したのがこのころである。

4世紀のインド グプタ朝の成立

4世紀、日本では古墳時代。この時代の日本のことがよくわかっていない。それは中国が五胡十六国の戦乱の時代であったからである。 このころのインドは、古代四王朝の3番目グプタ朝の時代である。グプタ朝は4世紀に成立した。

5世紀のインド 全盛期のグプタ朝にエフタル(ペルシア)が侵入

5世紀、日本では古墳時代。大和朝廷から中国(南北朝時代の南朝)へ何度も使者を送っていた。 このころ、インドはグプタ朝の時代である。

6世紀のインド グプタ朝 グプタ朝の滅亡

6世紀、日本に仏教が伝来したころである。この仏教のふるさとインドはどのような状況下にあっただろうか。 インドでは、グプタ朝が滅亡し、分裂状態にあった。

7世紀のインド ヴァルダナ朝 三蔵法師がインドで学ぶ

7世紀、日本は飛鳥時代。聖徳太子が法隆寺を建立したころである。 このころ、仏教のふるさとインドではヴァルダナ朝であった。ヴァルダナ朝には全盛期の唐王朝(中国)から多く僧侶が留学してきていた。今回から、古代インドの4王朝をみていきます。

8世紀のインド ラージプート時代 イスラム勢力の侵攻と日本へ僧侶を派遣

8世紀、日本は奈良時代。奈良の大仏ができたのはこの頃である。この大仏に眼を入れたのがインドの僧である。そのころのインドはどのような状況であっただろうか。 実は、このころのインドは戦乱期であった。ラージプート時代といわれている。8世紀は、ラージ…

9世紀のインド ラージプート時代 ラージプート勢力三国志

9世紀、日本では平安時代初期。都が京都に移ったころである。 この頃、インドはラージプート時代の戦乱期である。このころ、イスラム教のアッバー朝は最盛期が終わり、分裂期を迎えていた。そのため、イスラム教の脅威が薄らいだ頃であった。ラージプート勢…

10世紀のインド ラージプート時代 カズナ朝の成立と南北インドで王朝交代

10世紀、日本は平安時代中期。唐王朝が衰退し、日本独自の文化が形成された時代である。 このころ、インドはラージプート時代と呼ばれる戦乱期にあった。

11世紀のインド ラージプート時代 分裂したインドにアフガンが攻めてくる。

11世紀、日本は平安時代後期。源氏物語の舞台となった時代である。 このころ、インドはヒンドゥー教国家が乱立していた。11世紀初頭、イスラム勢力のカズナ朝アフガンが全盛期を迎えた。これのカズナ朝が侵攻てきた。11世後半になると中国に宋王朝が成立。イ…

12世紀のインド ラージプート時代 アフガンのイスラム勢力が北インドを統一

12世紀、日本は平安時代末期。平清盛が活躍した時代である。 このころ、インドはヒンドゥー教勢力が支配していた。7世紀のヴァルダナ朝が滅亡して以降、インドには統一国家はなかった。北インドと南のデカン高原で分裂していた。これらのヒンドゥー教国家は…

13世紀のインド、デリー=スルタン朝のはじまりとモンゴルの侵攻

13世紀はモンゴルの世紀である。日本では鎌倉時代である。日本も鎌倉時代にモンゴルの侵攻を受けた。 このころ、インドでは、アフガンからトルコ系イスラム教徒が侵入。デリー=スルタン朝が成立する。このデリー=スルタン朝もたびたびモンゴルの侵攻を受け…

14世紀のインド デリースルタン朝 南インドで独立運動

14世紀、日本では鎌倉幕府が滅亡し、南北朝の戦乱期に入った。この頃、世界ではモンゴル大帝国が衰退。ヨーロッパではペストが流行した。 そのころ、インドはデリー=スルタン朝の時代であった。ハルジー朝は全インドを統一した。その後、トゥグルク朝が長期…

15世紀のインド デリー=スルタン朝、ティムールと永楽帝とポルトガル

15世紀、日本は室町時代。金閣寺が建立されたころである。 このころ、インドはデリー=スルタン朝の時代である。15世紀に入ると効果技術が大幅に発展した。多くのスーパースターがインドを訪れた。15世紀初頭には、ティムールや明王朝(中国)の永楽帝の使者…

16世紀のインド ムガル帝国の建国とインド版織田信長ことアクバル帝

16世紀(1501年~)、日本は戦国時代の真っただ中にあった。16世紀後半になると織田信長や豊臣秀吉が活躍する。このころ、ヨーロッパは大航海時代に入った。 このころ、北インドにムガル帝国が成立。建国当初は、北インドの一小国であった。16世紀後半のアク…

17世紀のインド アウラングゼーブ帝とイギリス・フランスの進出

17世紀、日本は江戸時代初期。鎖国に入り日本独特な文化が構築され始める時代である。このころ、アジアは4大帝国の時代に入った。東から、中国の清王朝、インドのムガル帝国、ペルシア(イラン)のサファヴィー朝、そしてトルコのオスマン帝国である。 イン…

18世紀のインド ムガル帝国と英仏植民地戦争

18世紀(1701年~)、日本は江戸時代後期。 このころ、インドはムガル帝国の時代。アウラングゼーブ帝が最大領土を得てから衰退期に入っていった。これにより、マラーター同盟などの地方政権が乱立した。一方で、ヨーロッパの植民地化がかなり進んだ。その中…

1800年代のインド 東インド会社、第2次マラーター戦争でデリーを勢力圏に

1800年代、日本は江戸時代後期。江戸三大改革の一つ寛政の改革が行われていたころである。 このころ、インドでは第二次マラーター戦争が勃発。これにより、ムガル帝国はイギリスの保護国となった。

1810年代のインド 東インド会社の植民地拡大政策

1810年代、日本は江戸時代後期。徳川家斉の好景気の時代である。葛飾北斎などの浮世絵が描かれたのもこの時代である。 そのころ、世界ではナポレオン戦争が終結。ウィーン会議によって戦後秩序が作られた。

1820年代のインド 産業革命で不況になるインド

1820年代、日本は江戸時代。徳川家斉の好景気沸いていた。 ヨーロッパも、ナポレオン戦争が終結し、つかの間の平和を享受していた。 そのころ、インドは不況に苦しんでいた。産業革命を果たしたイギリス産綿製品がインドの綿業界を壊滅させた。

1830年代のインド 東インド会社、第一次アフガン戦争

1830年代、江戸時代後期。化政バブルが終わり、寛政の大飢饉が発生したころである。 ヨーロッパでは、フランスで七月革命が発生。 インドでは、第一次アフガン戦争が勃発した。

1840年代のインド 東インド会社、シク戦争に勝利しインド全域を支配下に

1840年代、日本は江戸時代。寛政の改革が行われ、隣国清王朝はアヘン戦争に敗戦したころである。 ヨーロッパでは、フランスの二月革命から始まる48年革命が勃発した。 インドでは、東インド会社は、シク戦争に勝利。インド全域を掌握した。