10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

12世紀のロシア キエフ公国 十字軍遠征の裏で分裂するキエフ公国

12世紀(1101年~)、日本は平安時代末期。平清盛や源頼朝などの武士が政治の中心を担う時代であった。 このころ、ヨーロッパの最大の出来事は十字軍であった。特に12世紀末に結成された第三回十字軍は、ドイツ、フランス、イギリスの連合軍となる大規模編成…

1960年代のインド 印パ戦争とインディラ=ガンディ首相就任

1960年代、日本は高度成長期を迎え、東京オリンピックを開催した。 そのころ、インドはカシミール地方の帰属をめぐり、パキスタンと戦争を行った。政治面では、国民会議は政権が続いていた。初代ネルー首相が亡くなり、インディラ=ガンディ首相が誕生した。…

13世紀のロシア キプチャクハン国 バトゥのヨーロッパ遠征

13世紀はモンゴルの世紀である。ロシアも例外ではない。ロシアはこの時代にモンゴルに征服された。その時に建国されたのがキプチャクハン国である。 今回は、キプチャクハン国の建国者、バトゥを中心に13世紀のロシアの歴史を見ていく。

1970年代のインド バングラデシュ独立戦争(第三次印パ戦争)

1970年代、日本は高度成長期が終わり、低成長期に入った。このころ、学生運動が活発化していた。 そのころ、インドは第3次印パ戦争を行った。国際的には孤立化し、その打開策として核保有国となった。 内政では、「貧困の追放」を掲げたインディラ=ガンディ…

14世紀のロシア キプチャクハン国とモスクワ大公国

14世紀、日本は南北朝の動乱期である。このころ、世界は戦乱と黒死病などの疫病で暗黒な時代を迎えていた。 そのころ、ロシアは、モスクワ大公国の時代である。モスクワ大公国は、モンゴル人国家キプチャクハン国に貢納を行っていた。

1980年代前半のインド インディラガンディとシク教徒

1980年代前半、日本は学生運動の時代が終わり、バブル景気へ向っていた。 そのころ、インドは

15世紀のロシア イヴァン3世タタールのくびきから離脱

15世紀(1401年~)、日本は室町時代で、金閣寺や銀閣寺ができたころである。 このころ、ロシアは当時モスクワ大公国とよばれ、モンゴル人国家に貢納を行っていた。 ビザンツ帝国が滅亡すると、モスクワ大国はビザンツ皇族と婚姻関係をむすび、ビザンツ皇帝…

1980年代後半のインド ラジプ=ガンディーとスリランカ

1980年代後半、日本は平成に入ったころ。世界は激動な時代であった。ベルリンの壁が崩壊したのもこのころである。 そのころ、インドでは、ラジプ=ガンディ首相を務めた。このころ、隣国のスリランカでタミル問題が発生。ラジプ=ガンディ首相はタミル問題に…

16世紀のロシア イヴァン4世(雷帝) 皇帝になる。

16世紀(1501年~1600ねん)、日本は戦国時代である。ヨーロッパでは大航海時代に入り、スペイン・ポルトガルの交易船が世界中を航海していた。 そのころ、ロシアはまだ東欧の小国であった。この時代、イヴァン4世の登場によりロシアは皇帝中心の国家建設を…

1990年代のインド インド・パキスタン核保有国になる。

17世紀のロシア ロマノフ朝 ロシアが東欧の強国になるまで

17世紀(1600年代)、日本は江戸時代前期。徳川家康が江戸幕府をひらき、犬将軍徳川綱吉の時代である。 そのころ、ロシアは東欧の小国に過ぎなかった。当時の東欧の強国はポーランドとスウェーデンであった。ドイツ三十年戦争でプロテスタント国が勝利すると…

2000年代のインド シン首相 アフガン戦争と高度成長

2000年代、日本では小泉純一郎政権の時代である。 インドは、核保有国になって孤立していた。しかし、01年アフガン戦争によって情勢が大きく変化した。アメリカとの関係が改善するとともに、中国との関係も親密になった。 経済では、アメリカとの関係性が改…

18世紀のロシア ロマノフ朝 北方戦争からポーランド分割まで

18世紀(1701年~1800年)、日本は江戸時代後期。生類憐みの令で有名な徳川綱吉から、松平定信の寛政の改革の時代である。 18世紀初頭のロシアは、まだ小国であった。しかし、北方戦争に勝利し次第に強国への道を進み始める。

2010年代のインド 人民党政権 モディ首相 IT大国インド

9月より、インド史編が始まります。今回は、現在2010年代のインドを見ていきます。

ロシア史編 これまでの復習とこれからの予習

おはようございます。sekaishiotakuです。今日は、編集が間に合わずアップが遅くなり申し訳ありません。19世紀まで終わったので目次リストをアップします。

紀元前7世紀以前のペルシア メソポタミア文明からメディア王国の成立まで

今回が、イラン・ペルシア史の最終回です。四大文明の1つメソポタミア文明から、前回6世紀初頭にペルシアを支配したメディア王国の成立までを見ていきます。

1800年代のロシア帝国 ロマノフ朝 アレクサンドル1世

1800年代、日本は江戸時代後期。徳川家斉の時代である。 このころ、ヨーロッパではナポレオンが皇帝になり、ナポレオン戦争の真っただ中にあった。 そのころ、ロシアは東ヨーロッパで名声を高めていたが、まだ強国といわれる立場ではなかった。このナポレオ…

紀元前6世紀のペルシア アケメネス朝 ペルシアがオリエントを統一

紀元前6世紀初頭、ペルシアはメディア王国が支配していた。 紀元前7世紀中ごろ、メディア王国からアケメネス朝が独立。このアケメネス朝がオリエントを統一していく。紀元前6世紀末には、アケメネス朝は全盛期を迎える。その時の王がダレイオス1世である。

1810年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル1世 ナポレオン戦争とウィーン会議でロシア帝国は強国に

1810年代、日本は江戸時代後期、化政文化が花開いていた時代であった。 このころ、ヨーロッパはナポレオン戦争の真っただ中にあった。1815年ウィーン海意義でナポレオン戦争は終結。1914年の第一次世界大戦までヨーロッパでは大きな戦争が起こらなくなる。 …

紀元前5世紀のペルシア アケメネス朝 ペルシア戦争に敗北し、衰退期に入る。

紀元前5世紀、中国では、孔子など多くの思想家が輩出された。 このころ、ペルシアは、アケメネス朝期であった。当時のアケメネス朝ペルシアは、オリエント(中東)全域を支配する巨大帝国であった。 この時期、ペルシア戦争やペロポネソス戦争などの地中海の…

1820年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル1世 ギリシア独立戦争とデカブリストの乱

1820年代、日本は江戸時代後期。徳川家斉の大御所政治のおかげで江戸で化政文化が花開いている。 そのころ、ロシア帝国は

紀元前4世紀のペルシア マケドニア アレキサンダー大王の東方遠征

紀元前4世紀、中国は春秋戦国の戦乱期であった。 このころ、ペルシアはアケメネス朝ペルシアが治めていた。アケメネス朝ペルシアは、オリエント全域を支配していた。しかし、ギリシアのアレキサンダー大王が登場。瞬く間にアケメネス朝ペルシアは滅亡した。

1830年代のロシア ロマノフ朝 ニコライ1世 エジプト=トルコ戦争とショパン

1830年代、日本は江戸時代後期。寛政の大飢饉で苦しんでいた。 そのころ、ロシアは、2つの地域に注目していた。ポーランドとオスマン帝国である。

紀元前3世紀のペルシア セレウコス朝シリア 遊牧ペルシア民族国家パルティア独立

紀元前3世紀のペルシアは、ギリシャ人国家セレウコス朝シリアの支配下にあった。

1840年代のロシア ロマノフ朝 ニコライ1世 48年革命でロシアの地位が上がる

1840年代、日本は寛政の改革が行われ、アヘン戦争で動揺していた。 同じころ、ヨーロッパでは48年の自由主義革命の真っただ中にあった。 このころ、ロシアの課題は不凍港の獲得であった。そのため、オスマン帝国のダーダネルス=ボスフォラス海峡の自由航行…

紀元前2世紀のペルシア パルティア ミトラダテス1世の全盛期

紀元前2世紀、共和政ローマと漢王朝が成立していた。 そのころ、ペルシアでは、セレウコス朝シリアから独立したパルティアが全盛期を迎えていた。

1850年代のロシア帝国 ロマノフ朝 ニコライ1世 19世紀最大の戦争、クリミア戦争

1850年代、日本にはペリーが来航。幕末の動乱が始まった。 このころ、ロシア帝国は大きな戦争がおこった。クリミア戦争である。

紀元前1世紀のペルシア パルティア 共和政ローマとの戦争が始まる。

紀元前1世紀、ミトラダテス帝が亡くなる。その後、オリエント(中東)の支配権をめぐり、ローマ帝国とたたかうことになる。一方で、漢王朝の武帝から使者が来た。中央アジアでは、イラン系大月氏国があった。

1860年代のロシア帝国 ロマノフ朝 アレクサンドル2世 クリミア戦争のリベンジにむけて、農奴解放令

1860年代、日本では大政奉還が行われ、明治新政府が成立した。 このころ、ロシア帝国はクリミア戦争の敗戦から、改革の断行を進めていた。その代表例が農奴解放令である。

1世紀のペルシア パルティア ローマ帝国との攻防

1世紀、2大帝国が帝国の地位を固める時代であった。 このころ、ペルシアは、遊牧ペルシア人のパルティアが治めていた。