10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1970年代のロシア ソビエト連邦 ブルジネフ書記長 停滞と軍縮

1970年代、日本は日本赤軍のテロが相次いだ。高度成長期も終わり、オイルショックなどで景気は悪化傾向にあった。

13世紀のペルシア イル=ハン国 チンギス=ハンのユーラシア大陸統一

13世紀はモンゴルの世紀である。日本では、源頼朝が登場した鎌倉時代である。 このブログでは、前半はチンギス=ハンの中央アジアの商業都市の侵攻を、後半ではフラグの建国した中東のイル=ハン国を見ていく。

1980年代前半のロシア ソヴィエト連邦 ブレジネフ書記長 新冷戦

1980年代前半、日本は70年代の停滞期を乗り越えバブル経済へ向っていく時代であった。 この時期、米ソは新たな段階を迎えていた。70年代、軍縮に向かって進んでいた。79年のソ連のアフガニスタン侵攻によって展開は変わった。新冷戦期に入る。 一方、ブルジ…

14世紀のペルシア イル=ハン朝 ティムール モンゴル再興の夢を見る

14世紀、日本は元寇による不況で鎌倉幕府が滅亡。南北朝の戦乱期に入る。 世界的にも、ペストが流行、暗黒の中世を象徴する世紀であった。 このころ、ペルシアはモンゴル帝国の支配下にあった。 14世紀のモンゴルは、分裂・衰退傾向にあった。1370年、ティム…

1980年代後半のロシア ソビエト連邦 ゴルバチョフ大統領 原発事故がソ連を崩壊させた。

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。このころ、ソ連は大きな改革を進めていた。その要因となったのがチェルノブイリ原発事故であった。 88年、ゴルバチョフ書記長は、制限主権論を破棄。翌89年、東欧革命が始まった。その象徴がベルリンの壁崩壊で…

15世紀のペルシア ティムール朝 ティムールの病死で永楽帝が命拾い

15世紀、日本では室町時代で金閣寺や銀閣寺ができたころである。 このころ、イランでは世界帝国が再興した。ティムール帝国である。 西は、シリア・トルコから東は中央アジア・インドまでの大帝国の誕生である。

1990年代のロシア ロシア連邦 エリツィン大統領 ソ連解体とロシア通貨危機

1990年代、日本は平成時代に入った。このころ、バブル崩壊で景気は冷めきっており、就職氷河期を迎え、大手銀行や証券会社がつぶれるような時代であった。 このころ、ロシアは大変革期を迎えていた。ソ連の解体である。ソ連の解体はいろいろなトラブルが生じ…

16世紀のペルシア サファヴィー朝 ペルシア版織田信長 アッバース1世

16世紀、日本は戦国時代を迎えていた。この戦乱はアジア全域にわたっていた。この戦乱を勝ち抜いたのが17世紀の4大帝国、清王朝、ムガル帝国、サファヴィー朝、オスマン帝国である。 16世紀のペルシアはティムール王国が滅亡し、サファヴィー朝が全盛期を迎…

2000年代のロシア ロシア連邦 プーチン大統領 強いロシア政策

2000年代、9・11テロで世界は新たな時代を迎えていた。日本では、小泉純一郎ブームが起こっていた。 そのような中、ロシアは新たなリーダーを迎えた。プーチン大統領である。

17世紀のペルシア サファビー朝 アジア4大帝国の成立と「イスファハーンは世界の半分」

17世紀、日本では、江戸幕府が成立。戦国の世が終わり泰平な時代が訪れた。 そのころ世界では、アジアの4大帝国がでそろった。中国の清王朝、インドのムガル帝国、ペルシアのサファヴィー朝、トルコのオスマン帝国である。 サファヴィー朝ペルシアは、17世紀…

2010年代のロシア ロシア共和国 プーチン大統領 クリミア問題でG8から離脱

今回からロシアの話を進めていきます。 2010年代、日本では東日本大震災を克服した時代であった。 ロシアは、現在多くの紛争を抱えている。

18世紀のペルシア サファヴィー朝 サファビー朝滅亡後の戦乱期

18世紀の日本は、江戸時代の後半(綱吉~家斉)でした。 そのころ、ペルシアは栄光を極めたサファビー朝が滅び戦乱の時代を迎えた。 この戦乱をおさめたのがカジャール朝である。しかし、泰平の世は訪れなかった。北からロシアが南下政策を進めてきたのである…

紀元前7世紀以前のフランス 共和政ローマ成立前の地中海の勢力争い

いよいよ、フランス編最終回です。 今回は、共和政ローマ成立前の地中海の勢力争いの様子をみていきます。

1800年代のペルシア カジャール朝 ペルシア統一、ロシアと開戦

1800年代、江戸時代後期。日本では、徳川家斉の大御所政治で化政文化が花開いていた。また、ヨーロッパはフランス皇帝ナポレオンがヨーロッパを席巻していた。 そのころのペルシアは、内乱が終わり、カジャール朝が統一したばかりであった。 カジャール朝ペ…

イラン・ペルシアの歴史 番外編 ホルムズ海峡って何?

こんばんは、sekaishiotakuです。 イランが、ホルムズ海峡でタンカー攻撃を実施。アメリカとイランの関係は再び悪化しています。 イランとアメリカの関係については、本編を見てください。 今回は、タンカー攻撃の舞台になったホルムズ海峡の歴史を見ていき…

紀元前6世紀のフランス 共和政ローマ 共和政ローマの成立

紀元前6世紀、中国では周王朝が衰退。春秋戦国の戦乱期に入っていた。 中東オリエントでは、アケメネス朝ペルシアが成立した。 この紀元前6世紀、共和政ローマは成立した。成立当時の共和政ローマは貴族のみが参政権を持っていて、平民には参政権はなかった。

1810年代のペルシア カジャール朝 ロシア帝国にアゼルバイジャンを割譲

1810年代は江戸時代後期に当たる。このころ日本は、徳川家斉の大御所政治で好景気に沸いていた。 そのころ、ヨーロッパではナポレオン戦争が終結。ヨーロッパに平和が訪れた。このころから、イギリスとロシアのアジア進出競争が始まる。17世紀アジア交易を牛…

紀元前5世紀のフランス 共和政ローマ 貴族共和政から平民の参政権の拡大

紀元前5世紀、中国では儒教の祖孔子が誕生。中東ではペルシア戦争が起きていた。 そのころ、共和政ローマはまだ都市国家であった。貴族による共和政がおこなわれていたが、これに対し平民が反乱。平民の参政権が拡大した時代であった。

1820年代のペルシア カジャール朝 ペルシア版不平等条約 トルコマンチャーイ条約

1820年代、日本は徳川家斉の治世。好景気に沸き、化政文化が花開いた。 このころ、カジャール朝はロシア帝国に敗戦。ペルシア版不平等条約 トルコマンチャーイ条約を締結する。これにより、カジャール朝はヨーロッパに対し治外法権を認めたほか、多額の賠償…

紀元前4世紀のフランス 共和政ローマ イタリア統一戦争と平民参政権の拡大

紀元前4世紀、中国は春秋戦国の戦乱期であり、孫氏の兵法などの諸子百家が台頭した時代である。 そのころ、共和政ローマはイタリアの中の小国家に過ぎなかった。共和政ローマの課題はイタリア半島の統一であった。そのため、貴族は平民を味方につける必要が…

1830年代のペルシア カジャール朝 第一次アフガン戦争

1830年代、江戸時代後期。日本は徳川家斉の好景気が終焉。天保の大飢饉が起きたころである。大阪では大塩平八郎の乱が行われている。 このころ、カジャール朝ペルシアでは、第一次アフガン戦争の真っただ中にあった。この戦争は、カジャール朝ペルシアとアフ…

紀元前3世紀のフランス 共和政ローマ イタリア半島統一とポエニ戦争

紀元前4世紀、中国では春秋戦国の戦乱が終わり、秦王朝が成立した。漫画キングダムの舞台になった時代である。 そのころ、ヨーロッパの共和政ローマは、イタリア半島を統一。しかし、共和政ローマはさらなる拡大を目指した。東のギリシア(マケドニア)、南…

1840年代のペルシア カジャール朝 バーブ教徒の反乱

1840年代、日本は江戸時代後期。遠山の金さんが活躍していたころ。寛政の改革やアヘン戦争の対応に気を配っていた。 このころのカジャール朝ペルシアは、ロシア帝国に続き、イギリスの脅威を受けるとこになる。38年の第一次アフガン戦争の敗北はその一例であ…

紀元前2世紀のフランス 共和政ローマ グラッスス兄弟の改革とポエニ戦争

紀元前2世紀、東西に2大帝国が成立した。漢王朝と共和制ローマである。 共和政ローマは、北アフリカのフェニキア人やギリシア人を支配した。 一方で、領土の拡大とともに、格差が拡大が進む。格差是正にいそしむグラッスス兄弟と元老院が対立。平民と貴族の…

1850年代のペルシア カジャール朝 クリミア戦争の裏で一息つくカジャール朝ペルシア

1850年代、日本はペリー来航で江戸幕府が大きく揺らいだ。しかし、世界全体の関心事は、これではない。クリミア戦争である。当時の2大帝国、イギリスVSロシアが最高潮に達した瞬間である。

紀元前1世紀のフランス 共和政ローマ 内乱の1世紀とカエサルのガリア遠征

紀元前1世紀、グラッスス兄弟の改革が失敗に終わり、ローマ帝国は2つのグループに分かれた。グラッスス兄弟の改革を支持する平民派と元老院を支持する門閥派である。 1世紀は、イタリアの同盟市の反乱、奴隷の反乱によって有力政治家が台頭。最初に台頭した…

1860年代のペルシア カジャール朝 ロシアの中央アジア進出

1860年代、日本では250年続いた江戸時代がおわり、明治新政府が成立した。いわゆる幕末と呼ばれる時代。 このころ、ペルシア・中央アジア地域の最大の課題は、ロシアの中央アジアの進出であった。

1世紀のフランス ローマ帝国 暴君ネロ帝とキリスト教

いよいよ、イエスが生きた1世紀に入ります。 このころ、漢王朝では、光武帝が即位。平和な時代が始まる。ローマ帝国も、この時期に帝政が確立した。

1870年代のペルシア カジャール朝 ロイター利権と第2次アフガン戦争

1870年代、日本は明治初期。ヨーロッパへの脅威を払拭するため富国強兵に努めていた。 このころのカジャール朝ペルシアも、日本同様ヨーロッパの脅威にさらされていた。ロシアとイギリスである。 カジャール朝ペルシアは、国王がイギリスに利権を渡すロイタ…

2世紀のフランス ローマ帝国 五賢帝の全盛期

2世紀、日本はまだ弥生時代で小国が乱立していた。いくつかの国が中国へ使いを送っていた。 そのころのヨーロッパは、ローマ帝国の全盛期である。この時代を五賢帝時代という。ローマ帝国は、ヨーロッパはもとより、北アフリカや中東の東半分を支配していた。…