10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。HPを開設しました。https://sekaishiotaku.com/

フランス史

1840年代のフランス 七月王政 二月革命(48年革命)とナポレオン三世の登場

七月王政下のフランスは、立憲君主性になっていた。しかし、選挙権は貴族と少数の富裕層に限られた。そのため、都市労働者や産業資本家(中小企業の社長)は不満を持っていた。46年に凶作と不況が起こるとこれが爆発。48年二月革命が勃発。七月王政が倒れ、…

1850年代のフランス 第二帝政 ナポレオン三世の栄光 と クリミア戦争

48年の2月革命で大統領になったナポレオン三世は、52年国民投票により皇帝になった。ナポレオン三世、農民、資本家、労働者の利害の異なる勢力に支えられていた。英仏通商条約を締結し、自由貿易と国内産業育成に努めた。エジプトでスエズ運河の建設を始める…

1860年代のフランス 第二帝政 ナポレオン三世の失政 海外遠征の失敗と普仏戦争の敗北

1860年代のフランス ナポレオン三世は、国内産業支援を進める一方、対外戦争に積極的に参加した。67年に万国博覧会を開催している。 しかし、このころになるとナポレオン三世の栄光に陰りが見え始める。メキシコ遠征に失敗。ベトナム遠征には成功しているも…

1870年代のフランス 第三共和制 普仏戦争とパリコミューン、露土戦争とビスマルク宰相

日本では、明治新政府による近代化政策をすすめる1970年代。 フランスでは、普仏戦争の敗戦で、ナポレオン三世が失脚。第三共和制が始まる。当初は、ボルドー臨時政府(産業資本家など)とパリコミューン(パリ市民)が対立。最終的には、パリコミューンは武…

1880年代のフランス 第三共和制 ベトナムとアルジェリアを中心に植民地拡大をすすめる。

日本では、明治政府が国会が開設に尽力していた1880年代。フランスは、70年代の不況をうけて、植民地拡大を進めていた。アジアでは、清王朝に勝利し、ベトナムを植民地化。アフリカでは、エジプトでの影響力を失い、アルジェリアを拠点に進めていくことにな…

1890年代のフランス 第三共和政 ドレフュス事件とアジアアフリカの植民地化。

1880年代からはじまった植民地獲得競争は、90年代に入るとドイツが本格参戦を始めた。そのような中、フランスは、アフリカではアルジェリアを、アジアではベトナムを拠点に進められた。アフリカでは、アフリカ横断政策をすすめる。アジアでは、清王朝が日清…

1900年代のフランス 第三共和政 三国協商の成立 ドイツ包囲網の完成

1900年代、フランス、ロシアがそれぞれイギリスと和解。ドイツVSイギリスの第一次世界大戦の構図がここに完成する。

1910年代のフランス 第三共和政 バルカン問題と第一次世界大戦

ヨーロッパは、イギリスを中心とする三国協商とドイツを中心とする三国同盟に分かれていた。しかし、アジア・アフリカの植民地化が完了し、戦争の火種を消えたかと思われた。しかし、新たな問題が生じた。バルカン問題である。この地をめぐり、オーストリア…

1920年代のフランス 第三共和制 右派の強硬外交路線から左派政権の協調外交路線へ

第一次世界大戦の反省から、海軍の軍縮交渉が行われた。フランスでは、ポワンカレの右派政権が成立していた。ドイツに対しては強硬外交を実施。ルール占領はその一環である。しかし、国際的な批判を浴びて、退陣。左派勢力が政権を担うようになる。外交は国…

1930年代のフランス 第三共和制 世界大恐慌後の世界、イギリス、ソ連、ドイツの3つ巴の状態のヨーロッパ

29年の世界大恐慌は32年にはフランスに波及した。フランスは保護貿易政策で乗り切った。当時のフランスは、左派が政権が握っていた。一方で、隣国ドイツではヒトラーが台頭。イギリスは、ソ連などの社会主義勢力の台頭を警戒してナチスドイツに友好的な態度…

1940年代前半のフランス 第二次世界大戦下のフランス

第二次世界大戦は、3つの勢力が存在していた。イギリスと中心とした自由主義グループ、ソ連を中心とした社会主義グループ、ナチスドイツを中心としたファシズムグループである。フランス国内もド・ゴールを中心とした自由主義グループ、フランス共産党を中心…

1940年代後半のフランス 冷戦下で第四共和政が社会党系勢力で始まる。インドシナ戦争が始まる。

1945年、第二次世界大戦が終結。ヨーロッパは、アメリカ・イギリスを中心とした自由主義勢力とソ連を中心とした社会主義勢力が対立していた。フランスでは、ド・ゴールが当初国家主席をとっていたが、議会で共産党が勝利するとド・ゴールは辞任。社会党と共…

1950年代のフランス 第四共和政 植民地支配に批判的な国際世論の中、植民地を失う。

1950年代のフランスは、植民地支配に批判的な国際世論で、インドシナ戦争、第二次中東戦争に敗戦。アジア、アフリカ地域への基盤を失った。そのため、新の市場を求め西ドイツなどとヨーロッパ統一市場の構築を模索し始めた。 また、フランスの南、北アフリカ…

1960年代のフランス ド・ゴール大統領 英米と距離を置くフランス アフリカの年とベトナム戦争

59年アルジェリア問題から第五共和政が成立。ド・ゴール大統領が誕生した。ド・ゴール大統領は英米と距離をおく独自外交路線をとった。一方で、アフリカの植民地の独立を承認した。しかし、68年の世界的な学生デモの流れで、翌69年退陣する。

1970年代のフランス ジスカールデスタン大統領 ニクソンショックとオイルショックで経済が停滞。

1970年代のフランスは、68年の学生運動をうけてド・ゴール大統領が退陣。一方で、ニクソンショックによる変動相場制への移行や、オイルショックによる物価高騰で経済は停滞していた。また、中東戦争やベトナム戦争などが終結したのも70年代である。

1980年代のフランス ミッテラン大統領 イラン・イラク戦争とブラザ合意

80年、モスクワオリンピックが開催されたこの年、イラン・イラク戦争が始まった。翌81年のフランス大統領選挙でミッテラン大統領が勝利。労働者優位の政策を進めた結果、失業率が拡大。85年、プラザ合意でドル安が進んだ。ECは、南欧3か国が加盟。単一欧州議…

1989年のフランス ミッテラン大統領 ミッテラン大統領再選とベルリンの壁崩壊

88年、ミッテラン大統領が再選。おなじ88年イラン・イラク戦争が停戦。ソ連では経済改革(ペレストロイカ)が始まる。翌89年、ドイツでは、ベルリンの壁が崩壊した。

1990年代のフランス ミッテラン大統領とシラク大統領 フランスFIFAワールドカップを開催。

ベルリンの壁が崩壊した激動の89年を経て迎えた90年代のフランスの大統領はミッテラン大統領であった。イラク戦争、EU発足。95年、シラク大統領が就任。核実験を行う一方で、FIFAワールドカップを開催。コソヴォ紛争も起こった。

2010年代のフランス 格差社会が起こすパリ同時多発テロと「黄色いベスト」デモ

今週から、フランスと中国の歴史を交互にアップしていこうと思います。現在のフランスは、17年に就任した若きマクロン大統領のもと好景気を回復している。しかし、痛みを伴う改革は、「黄色いベスト」デモにつながった。12年から17年の間大統領を務めたのは…