10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1880年代 明治時代 日本で国会開設

1880年代のトルコ・ギリシャ オリエント急行開通

1880年代ミドハト憲法に遅れて、大日本帝国憲法が制定された。このころ、ヨーロッパはアフリカ分割にいそしんでいた。 そのころ、オスマン帝国は、70年代の露土戦争の敗北により、衰退方向に向かっていた。

1880年代のイギリス グラッドストン自由党とアフリカ分割

1880年代、日本は明治時代。国会が開設されたころである。このころ、日本ではノルマントン号事件が発生。イギリスと領事裁判権をめぐる交渉がこのころから始まった。 この時期、帝国主義の舞台はアフリカに移った。その象徴がアフリカ=コンゴ会議である。イ…

1880年代のインド イギリス領インド インドに議会ができる。

1880年代、日本は明治時代。国会が開設されたころである。 このころ、インドはイギリスの植民地であった。このころインドにも議会が成立した。インド国民会議である。また、東南アジアでは第三次ビルマ戦争が勃発した。

1880年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル3世 中央アジアをめぐりイギリスと対立

1880年代、日本は大日本帝国憲法を成立。国会を開設した。 このころ、ロシアは

1880年代のペルシア カジャール朝隣国アフガニスタン、イギリスの保護国になる。

1880年代、明治時代の日本は、大日本帝国憲法を制定。国会を開設した。列強から一目置かれる存在にはなったが、まだアジアの小国として扱われた。 そのころ、ペルシアでは、イギリス(イギリス領インド)とロシアのグレートゲームが展開されていた。

1880年代のフランス 第三共和制 ベトナムとアルジェリアを中心に植民地拡大をすすめる。

日本では、明治政府が国会が開設に尽力していた1880年代。フランスは、70年代の不況をうけて、植民地拡大を進めていた。アジアでは、清王朝に勝利し、ベトナムを植民地化。アフリカでは、エジプトでの影響力を失い、アルジェリアを拠点に進めていくことにな…

1880年代の中国 清王朝 西太后 清王朝、第三共和制フランスに朝貢国ベトナムを奪われる。

清仏戦争 1880年代の清王朝は、3つの対外戦争の危機に瀕していた。1つ目は、ロシア帝国と中央アジアをめぐり対立していた。2つ目はフランスと東南アジアのベトナムの宗主権をめぐる対立。3つ目は、日本と朝鮮半島の宗主権をめぐる対立であった。ロシアとは、…

1880年代の日本 明治 アジア初の国会開設のために奮闘した伊藤博文

1880年、国会開設デモをうけて、明治天皇は10年後に国会開設の詔を発布した。明治新政府はこの10年の政治課題は、国会開設のための憲法制定となった。当時の政治の中心物は伊藤博文であった。伊藤博文はみずからヨーロッパに憲法調査に向かった。伊藤博文が…