10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。HPを開設しました。https://sekaishiotaku.com/

1820年代 江戸時代後期 化政バブルとシーボルト事件

1810年代のオスマン帝国 ムハンマド=アリーとセルビア独立運動

1810年代、日本は江戸時代後期。化政文化が花開いていたころである。ヨーロッパでは、ナポレオン戦争が終結。ウィーン会議で新体制が整った。 18世紀前半のオスマン帝国は、ムハンマド=アリーを軸に動いていた。この時期、ムハンマド=アリーの功績で、ワッ…

1820年代のオスマン帝国 ギリシャ独立戦争

1820年代、日本は江戸時代後期。家斉バブルで化政文化が花開いていた。 このころ、オスマン帝国ではバルカン半島の独立運動に苦慮していた。ギリシャ独立戦争である。

1820年代のイギリス カニング外交でオーストリアと対立

1820年代、日本は江戸時代後期。化政文化が花開いたころで、浮世絵などが書かれたのがこのころである。 このころ、ヨーロッパはナポレオン戦争後のつかの間の平和を享受していた。このころ、イギリスでは、ナポレオン戦争で活躍したトーリ党ジェンキンソン首…

1820年代のインド 産業革命で不況になるインド

1820年代、日本は江戸時代。徳川家斉の好景気沸いていた。 ヨーロッパも、ナポレオン戦争が終結し、つかの間の平和を享受していた。 そのころ、インドは不況に苦しんでいた。産業革命を果たしたイギリス産綿製品がインドの綿業界を壊滅させた。

1820年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル1世 ギリシア独立戦争とデカブリストの乱

1820年代、日本は江戸時代後期。徳川家斉の大御所政治のおかげで江戸で化政文化が花開いている。 そのころ、ロシア帝国は

1820年代のペルシア カジャール朝 ペルシア版不平等条約 トルコマンチャーイ条約

1820年代、日本は徳川家斉の治世。好景気に沸き、化政文化が花開いた。 このころ、カジャール朝はロシア帝国に敗戦。ペルシア版不平等条約 トルコマンチャーイ条約を締結する。これにより、カジャール朝はヨーロッパに対し治外法権を認めたほか、多額の賠償…

1820年代のフランス シャルル10世の反動政治とギリシャ独立戦争

ウィーン体制によって、ブルボン朝は復活した。しかし、絶対王政に戻ることはできず、イギリスと同じ立憲君主制となった。また、参政権を得たのは大資本家のみでほとんどの国民は選挙権を得られなかった。24年シャルル10世が即位すると貴族向けの反動政治を…

1920年代の中国 清王朝、道光帝の即位とイギリス麻薬(アヘン)密輸問題

清王朝は、広州の麻薬問題に苦しんでいた。このころ道光帝が即位した。

1820年代の日本 ドイツ人医学者シーボルトが見た日本

1820年代の徳川幕府の日本は、徳川家斉の親政のもと。化政文化と好景気を享受していた。 このころ、ドイツ人医学者シーボルトが来日。当時のドイツは統一的な王朝はなく、ナポレオン戦争で成立したプロイセンを中心とするプロイセン関税同盟とのちにハプスブ…