10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

12世紀のフランス カペー朝 十字軍前半戦 フィリップ2世とイングランド(アンジュー帝国)

 12世紀、日本では平清盛源頼朝など武士が活躍する。
  このころのフランスは、十字軍の真っ最中である。一方で、フランス西半分はイングランド国王支配下になる。フランスは、十字軍とイングランドの両方と戦うことになる。

 

 

ルイ7世と第2回十字軍

 30年 ノルマン人、南イタリアシチリア公国を建国。南イタリアは、11世紀アラブ人が住んでいた。そのため、首都のパレルモシチリア島)は国際色豊かな都市となり、12世紀ルネサンスが起こった。

 47年、十字軍遠征が始まる。きっかけは、トルコ人(ザンギー朝)によるイェルサレム王国への侵略である。今回は、フランス国王ルイ7世をはじめ、ドイツ(神聖ローマ帝国)、両シチリア王国がそれぞれ十字軍を結成した。今回はイェルサレムだけでなくシリアの拠点ダマスカスにも侵攻。しかし、49年、失敗に終わった。

 54年 フランスの諸侯アンジュー伯ヘンリ2世、イングランド国王になる(プランタジネット朝)。アンジューは、パリの南西の地域。ヘンリ2世の母はイングランド国王ヘンリ1世の娘であった。これにより、ヘンリ2世は、イングランドの他フランスの西半分を支配した。アンジュー帝国と呼ばれる。これはフランス国王の悩みの種になる。

第3回十字軍 オールスター戦

71年、エジプトのファーティマ朝の最後の王が病死。宰相サラディンがスルタンに就任。アイユーブ朝が成立。サラディンは、十字軍最大の敵になる。

そのような中、80年、フランス国王フィリップ2世が即位。

87年、サラディンは十字軍からイェルサレムを奪回。

ローマ教皇は第3回十字軍を結成を呼び掛けた。第3回十字軍は、神聖ローマ皇帝ドイツ国王)フリードリヒ1世、フランス国王フィリップ2世、イングランドアンジュー帝国)国王リチャード1世が参加した。イスラム側のサラディンも含めて、オールスター戦にになる。

 89年、第3回十字軍が始まった。神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世は事故死で早々に撤退した。イングランド・フランス連合軍がパレスチナ(今のイスラエル)のアッコンを奪還した。しかし、フランス国王フィリップ2世は帰国。イングランド国王リチャード1世が単独で戦うことになる。   

 92年9月、イングランド国王リチャード1世サラディン講和条約を締結。第3回十字軍が終わる。講和条件では、アッコンなどイスラエルの海岸沿いは十字軍領土とし、それ以外はアイユーブ朝の領土とした。イェルサレムアイユーブ朝の領土としたがキリスト教の巡礼は許可した。

 一方、帰国したフランス国王フィリップ2世はイングランド領へ侵攻した。大陸の大部分を獲得したが、92年イングランド国王リチャード1世が帰国するとその大部分を奪還された。

 98年、史上最強のローマ教皇インノケンティウス3世が即位した。

 

次回予告

 なぜ、十字軍ははじまったのか。

アンジュー帝国成立前のイングランドとは

 

「11世紀のフランス カペー朝 ノルマン人と十字軍」

おたのしみに

 

このころの日本は

 

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 このころの中国は

 

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