10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

紀元前1世紀のペルシア パルティア 共和政ローマとの戦争が始まる。

紀元前1世紀、ミトラダテス帝が亡くなる。その後、オリエント(中東)の支配権をめぐり、ローマ帝国とたたかうことになる。
一方で、漢王朝武帝から使者が来た。
中央アジアでは、イラン系月氏国があった。

 

 


ミトラダテス2世

 漢王朝武帝の使者である張騫が訪れる。

 領土が拡大 → 総督(支配地域の知事)に大きな権限

 88年 没

中央アジアには大月氏

 漢王朝武帝から仮想敵国を匈奴とした同盟の提案を受けるも拒否

パルティア、共和政ローマを撃退

 64年 セレウコス朝シリア滅亡

  64年、セレウコス朝シリアは、共和政ローマによって滅亡
   → シリアは、共和制ローマの属州となる。
   → パルティアは、カフカス地方のアルメニアをめぐり
     共和政ローマと戦争を繰り返す

 62年 共和政ローマと和平

  共和政ローマのスラと和平交渉
  ユーフラテス川を国教とする。

 53年 共和政ローマクラッススを戦死させる。

    カエサルらとともに第1回三頭政治を仕切る
    主としてシリアの統治を担当

 39年 共和政ローマ軍(アントニウス)に善戦

    オクタニウスらとともに第2回三頭政治
    パルティアとの戦いに苦戦
     → プトレマイオス朝エジプト(クレオパトラ)に接近

     以後、アントニウスはエジプトを拠点

      → ローマ人の批判を受ける。

次回予告

「紀元前2世紀のローマ パルティア ミトラダテス1世の全盛期」

 

パルティアのライバル、ヨーロッパの状況は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 東アジアの状況は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com