紀元前1世紀、インドは分裂状態にあった。そのような中、中央アジアからクシャーナ朝が侵入。クシャーナ朝が成立した。
前回の復習 クシャーナ朝の全盛期
2世紀のインドは南北に分裂ししていたが、互いに大いに繁栄していた。北のクシャーナ朝と南のサータヴァーハナ朝である。
今回は、クシャーナ朝の成立を、次回はサータヴァーハナ朝の成立を見ていきます。
クシャーナ朝の成立
クシャーナ朝は、1世紀、中央アジアの大月氏から分裂した国である。クシャーナ朝は、漢王朝とローマ帝国を結ぶシルクロードを押さえたことで大いに栄えた。
このころのローマ帝国は
隣国ペルシアは
大月氏は、イラン系遊牧民族で、黄河上流域に拠点を置いていた。しかし、紀元前3世紀、匈奴の敗れ中央アジアに進出した。紀元前2世紀、漢王朝の武帝から同盟の誘いがあったが成立はしなかった。その後、大月氏は分裂。その1つがクシャーナ朝となった。
この頃の中国は