10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

紀元前2世紀のペルシア パルティア ミトラダテス1世の全盛期

 紀元前2世紀、共和政ローマ漢王朝が成立していた。

 そのころ、ペルシアでは、セレウコス朝シリアから独立したパルティアが全盛期を迎えていた。

 

ミトラダテス1世の全盛期 

71年 ミトラダテス1世即位

   → パルティア全盛期

   東、バクトリアでは内乱
   西、セレウコス朝シリア → パレスチナ遠征

    → 両国の混乱に乗じて国土拡大

55年 ペルシア(メディア)を統一

   セレスコス朝シリアはペルシア奪還に向けて兵を送る。
   しかし、セレウコス朝シリアの都、セレウコスメソポタミア)に入城

41年 メソポタミアイラク)を併合

   都をクテンフォン(バグダード)へ遷都

   それまでの都、バビロンは次第に衰退した。

ヘレニズム文化を継承

 パルティアは、遊牧ペルシア人国家である。
 しかし、紀元前2世紀、多くのギリシア人が移住していた。
 そのため、貨幣や言語はギリシアのものを使っていた。

 ペルシアの伝統的宗教ゾロアスター教に対しては特に保護することはなかったが
 ミトラダテス1世はすべての宗教に関して寛容な態度をとっていた。

 

そのころ、中央アジアでは大月氏が登場

 2世紀初頭 バクトリアガンダーラ地方へ侵攻

  中央アジアギリシア人国家バクトリアは、インドのマウリア朝の衰退に乗じて
 ガンダーラ地方へ侵入した。

  ガンダーラ地方とは、西北インドを流れるインダス川上流地域
  現在、インドとパキスタンの係争地になっているパンジャーブ地方である。
  当時は、シルクロードの交易都市として栄えていた。

  ギリシア人のガンダーラ侵入により、ヘレニズム文化とインド文化が融合。
  ガンダーラ美術がこのころ発生した。

 40年 大月氏中央アジアに進出

  冒頓単于(ぼくとくぜんう)率いる匈奴に追われ
  中央アジアに進出

 39年 バクトリア滅亡

  中央アジアにあったギリシア人国家バクトリア
  北方や東方の騎馬民族の侵入によって滅ぼされた。
  しかし、このころ中央アジアの歴史はまだ謎の部分も多い

  バクトリアを追われたギリシア人は、インダス川上流ガンダーラ地方へ移住した

ミトラダテス1世が亡くなると

 38年 ミトラダテス1世 没

 29年 セレウコス朝シリアに大勝

 24年 ミトラダテス2世即位

 

次回予告

「紀元前3世紀のペルシア セレウコス朝シリア
        ペルシア遊牧民族国家パルティアが独立」

このころ、隣国ヨーロッパは

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 このころ、東アジアは

 

sekaishiotaku.hatenablog.com