10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1890年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル3世 露仏同盟と中国進出

1890年代、日本が日清戦争の勝利で沸いていた。

このころ、ロシアは東西の大事件で変革期を迎えていた。

西のドイツでは、ビスマルクが引退。ドイツとの再保障条約が更新されなく、露仏同盟の締結となった。

東の清王朝(中国)は日清戦争に敗北。ロシアは、イギリスなど列強とともに中国分割に参加した。

 

 

ビスマルク引退と露仏同盟

 

90年 ドイツ、ビスマルク引退

   ドイツロシア再保障条約は更新されず。

   ヴェルヘルム2世が即位すると、ビスマルクを引退させる。
   ビスマルクのヨーロッパ諸国への農産物輸出政策から、
    ヴェルヘルム2世の植民地への工業製品輸出政策へシフト
   その政策の一環で3B政策を進める
    ベルリン~ ビザンティウムイスタンブール)~ バクダード
     ~ ペルシア湾 ~ インド洋 の鉄道の建設

   バルカン半島への影響力を強めたいロシアは仮想敵国

    → 再保障条約の更新をやめる

91年 露仏同盟
   ビスマルク外交(フランス孤立化政策)の終焉
   フランス資本が流入
    → シベリア横断鉄道 起工

日清戦争と中国分割

94年 ニコライ2世、即位
   ロシア革命で処刑されるロシア最後の皇帝

94年 日清戦争

95年 下関条約 
   清王朝、日本に敗北

95年 三国干渉
   ロシアは、フランス、ドイツとともに日本と三国干渉
   賠償金の積み増しと引き換えに
   朝鮮半島の北、遼東半島を返還 
   

中国分割へ

 清王朝は、日清戦争の賠償金等で財政が悪化
 三国干渉に参加したロシア、フランス、ドイツなどから借款
 見返りに中国の一部を分割

 ロシアは遼東半島を租借

  これで、対馬を通らずに太平洋へ抜けるルートを獲得
  この地は、三国干渉で日本から返還させた地域
  対岸の膠州湾は、ドイツが租借
   → 新興国のドイツは温暖な江南地域に進出できず
     山東半島を勢力圏に
     ロシアを警戒したイギリスは、山東半島の先端
    威海衛を租借し、軍港をつくる
  江南地方は
   日本、フランス、イギリスが勢力圏にする。

 中国北部(万里の長城の北と満州)を勢力圏に

  → 朝鮮半島を勢力圏に入れた日本と国境を接する。
  → 04年 日露戦争

 

00年 義和団事件

   清王朝が民間の反乱に便乗してヨーロッパ列強に宣戦布告
   しかし、返り討ちに合う。

 

次回予告

1880年代のロシア ロマノフ朝 アレクサンドル3世 中央アジア進出」

 

このころ日本は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 露仏同盟を結んだフランスは

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 日清戦争に敗北した中国は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com