3世紀のペルシア ササン朝 ササン朝建国 と シャープール1世
3世紀、日本は卑弥呼の時代であった。
そのころ、ペルシアではパルティアが滅び、ササン朝ペルシアが成立。
ササン朝は、シャープール1世のころ全盛期を迎える。ローマ皇帝を捕虜にする軍事力を持った。
ササン朝ペルシアの成立
26年 ササン朝ペルシア建国、パルティアを滅ぼす。
都:メソポタミア(イラン)のクテンシフォン(バグダード)
→ かつてのパルティアの都
農耕ペルシア人の国
ゾロアスター教とは?
ゾロアスター教は、世界は光と闇で作られていると考える一神教
世界の終わりに「最後の審判」が行われる。
バクー油田にあったといわれる消えない火
東 クシャナ朝インド、ササン朝ペルシアに服従
西 ローマ帝国と長期にわたる戦争が始まる。
全盛期、シャープール1世がローマ皇帝を捕虜にする。
41年 シャープール1世即位
→ ローマ帝国 「3世紀の危機」
このころ、マニ教がおこる
ゾロアスター教にキリスト教や仏教の概念を追加
シャープール1世が保護
72年 シャープール1世没
シャープール1世が亡くなると、マニ教のマニは処刑された。
次回予告
「2世紀のペルシア パルティア 絶頂期のローマ帝国に攻められ衰退」
このころの中国は
このころのヨーロッパは