10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

10世紀のペルシア ブワイフ朝 アラブ人の支配からの脱却

 10世紀の日本は、平安時代の中期。遣唐使を廃止し、十二単(じゅうにひとえ)や寝殿造りに象徴される国風文化が花開いた。
 そのころ、ペルシアは、アラブ人(アッバース朝)の支配を受けていた。しかし、32年ペルシア系ブワイフ朝が成立。

 

イスラム鎌倉幕府 ペルシア系ブワイフ朝

 32年、アッバース朝のペルシア系軍人が独立。これにより、アラブ人の支配から名実ともに脱却した。

32年 ブワイフ朝成立

   シーア派 穏健派 → 十二イマーム派(現在のイランと同じ)

45年 ブワイフ朝イラクメソポタミア)のバグダード入城

   イスラム鎌倉幕府武家政権の樹立
   アッバース朝、アミールの称号
    穏健派 → アッバース朝スンニ派)を存続
     アッバース朝は、政治的実権を失い、
      宗教的権威(カリフ)として13世紀まで存続

   シーア派過激派 → イスマイール派(ファーティマ朝エジプト)

イスラム封建制度イクター制

 武士に給料を払う代わりに、地方の徴税権を与える。
 

10世紀中ごろペルシアでトルコ人王朝が成立

 ペルシア東部から中央アジアを支配していたペルシア系サーマーン朝は2つのトルコ人国家に滅ぼされる。

  カラ=ハン朝

   トルコ人初のイスラム王朝
   840年 中央アジアトルキスタン)に成立
   55年 イスラム教に改宗
      → このころからトルコ人イスラム教信仰が始まる。
   99年 ペルシア系サーマーン朝を滅ぼす
      → 中央アジアのトルコ化が始まる。
     

  ガズナ朝

   アフガンに成立したトルコ系
   
   62年 ペルシア系サーマーン朝から独立
    それまでは、マムルーク(軍人奴隷)としてサーマーン朝に仕えていた。

   98年 マフムードが即位 全盛期を迎える。
    このころから、インドへの侵攻を繰り返す。

10世紀末のペルシアの状況


 西部 バグダードを支配するイスラムシーア派ブワイフ朝
 宗教的権威(カリフ)としてのアッバース朝
 東北部 中央アジアから進出したトルコ系カラ=ハン朝
 東南部 アフガンを治めるカズナ朝

 

このころの日本は

 

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 このころのヨーロッパは

 

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 このころの中国は

 

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