10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

11世紀のペルシア セルジューク朝 スンナ派の救世主、セルジューク朝トルコ

 11世紀、日本は平安時代後期。10円玉で有名な宇治の平等院鳳凰堂ができたのもこの時代。  

 そのころ、ペルシアは西側では、シーア派ペルシア人ブワイフ朝が支配していた。
 一方、東部では2つのトルコ人国家が成立していた。
 このトルコ人国家からセルジューク朝トルコが独立。オリエント世界を再び統一する。

 

 

11世紀初頭のペルシアの状況

 西に、ペルシア系ブワイフ朝 内紛で衰退傾向

  ペルシア人国家で、都をメソポタミアイラク)のバグダードに置く
  イスラム教穏健シーア派十二イマーム派を信仰
   → 穏健派のため、スンニ派アッバース朝は存続させた
     しかし、スンニ派アッバース朝のカリフはこれをこころよく思っていない
    隙あれば、ブワイフ朝を滅ぼしたい。

  現在、内紛で衰退傾向 

 

 北東部に、トルコ系カラ=ハン朝 内紛で衰退傾向

  中央アジア出身のトルコ人国家
  建国後に、イスラム教に改宗
  こちらも、内紛で衰退傾向
  

南東部に、トルコ系カズナ朝 マフムードの全盛期

  マムルークトルコ人軍人奴隷)が建国した国
  アフガンに拠点を置く
  ブワイフ朝、カラ=ハン朝が衰退した結果、全盛期を迎える。
  この時代の国王はマフムード
  この時期、分裂状態のインドにたびたび侵攻した。
  セルジューク族もここに仕えていた。

 

トゥグルク=ベル、セルジューク朝トルコを建国

30年 カズナ朝、マフムード没

 カズナ朝の衰退

38年 セルジューク朝、ニーシャープール入城(ペルシア北東部)

   ホラーサーン地方(ペルシア東北部)を統治
   → セルジューク朝の成立

42年 セルジューク朝中央アジア西部を占領(のちのホラズム)
 

55年 セルジューク朝バグダード入城

   シーア派ブワイフ朝を滅ぼす。
    → バグダードシーア派から取り戻したスンナ派の英雄
   アッバース朝からスルタンの称号
    カリフ(日本の鎌倉時代でいう天皇) → 宗教的権威
     アッバース朝が保持
     イスラム教のトップ
      ← スンナ派はこれを容認するが
        シーア派にはこの概念はない
    スルタン(日本の鎌倉時代でいう将軍)→ 事実上統治者
     セルジューク朝が担う
     軍事・行政を担当。
   トルコ軍人+ペルシア人官僚 → 公用語はペルシア語
    ブワイフ朝イクター制イスラム封建制)を継承

   ライバル エジプト ファーティマ朝
     ペルシアにシーア派過激派イスマイール派の布教

アルプ=アルスラン ビザンツ帝国へ侵攻


63年 初代スルタン、トゥグルク=ベムが亡くなる。

 内政を、ニザームル宰相に任せる

 東方、カラ=ハン朝、カズナ朝と和睦

 西方へ侵攻に集中
  ファーティマ朝エジプト(シーア派
  ビザンツ帝国キリスト教
 

71年 小アジア(トルコ)のビザンツ帝国へ侵攻

 ビザンツ皇帝を捕虜にする。
 → 96年第一回十字軍につながる

マリク=シャー セルジューク朝トルコの全盛期


72年 カラ=ハン国へ侵攻中にアルプ=アルスラン没
   マリク=シャー即位(セルジューク朝

   この時、セルジューク朝はこの時全盛期を迎える。
    地中海沿岸(シリア)・小アジア(トルコ)~メソポタミアイラク
      ~ペルシア(イラン)~中央アジアの大帝国になっていた。
 
   中央アジア、カラ=ハン朝 への侵攻
   ファティーマ朝エジプト パレスチナをめぐる戦い

   イラン=イスラム文化の保護
    → スンニ派イスラム教復興(シーア派から取り戻す)が目的
      メソポタミア(イラン)・ペルシア(イラク)の各地に
       ニザーミーヤ学院を建設。
   

77年 ホラズムセルジューク朝トルコから独立

    東西交易で繁栄
    13世紀初頭、チンギス=ハンの侵攻で周辺国が衰退することで最盛期を迎えるが、その後、チンギス=ハンに滅ぼされる。

92年 セルジューク朝、マリクシャー没

 後継者問題で分裂、衰退へ向かう。
 この分裂で登場したのが、小アジア(トルコ)のルーム=セルジュークである。

11世紀末のペルシアの状況

 中央アジアイスラム教国カラ=ハン朝
 ペルシア西南部 → イスラム教国ホラズム
 パキスタン(ペルシアの東南)→ イスラム教国カズナ朝

次回予告

「10世紀のペルシア ブワイフ朝 ペルシア人国家が復活」

このころ日本は

 

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 このころ、ヨーロッパは

 

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 このころ、中国は

 

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