10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1960年代のロシア ソビエト連邦 ブレジネフ書記長 キューバ危機と食糧問題

1960年代、日本は高度成長期を迎え、アジア初の東京オリンピックを開催した。

 このころ、ソ連フルシチョフ書記長が指導していた。冷戦は過激さを増していた。そのような中起きたのがキューバ危機である。これにより冷戦は沈静化(雪解け)に向かった。
 しかし、63年にソ連で大凶作が発生。フルシチョフ書記長は退陣。

 ブレジネフ書記長が就任すると、チェコスロヴァキア民主化運動(プラハの春)が始まる。ブレジネフ書記長は軍事力を用いてこれを鎮圧した。

 

 

フルシチョフ書記長と平和外交

 61年ベルリンの壁建設

   61年 アメリカ、民主党ケネディ大統領就任
  同年、オーストリアで米ソ首脳会談
   西ベルリンのアメリカなどの軍隊の撤兵交渉 → 決裂
  61年8月 東ドイツ政府がベルリンの壁を建設
   → 53年06月のベルリン暴動がきっかけ
   → 89年の東欧革命時に崩壊

 キューバ危機

  59年 キューバ革命
   中米キューバ社会主義革命
   指導者、カストロ議長

   アメリカ、ケネディ大統領
    CIAを使い、反革命派を亡命し革命政府を転覆させようとするが失敗
    キューバ産砂糖の輸入規制

  62年 ソ連キューバにミサイル基地を建設
  62年10月14日 アメリカ、ソ連のミサイル基地建設を発見
   → 完成するとアメリカ本土に核攻撃が可能
   → アメリカ、ソ連から核が持ち込まれないようにキューバ海上封鎖

  62年10月26日 フルシチョフ書記長、ミサイル基地撤去を決定
   → アメリカがキューバに武力介入しないことを条件に

  63年 部分的核実験停止条約
     中国、フランスが不参加
     フランス、60年に核実験に成功、ド・ゴール外交で独自路線
     中国、64年に核実験に成功、中ソ論争を展開

   → 軍縮の流れへ

 63年 大凶作

  フルシチョフ書記長は、農業政策に失敗。63年に大凶作がおこる。これによりフルシチョフ書記長は退陣に追い込まれる。
  食糧生産拡大を進めるも失敗 → 砂漠化
  穀物輸入国になる

 フランスのド・ゴール外交

  58年、フランスは第五共和制になり、ド・ゴール大統領が就任。ド・ゴール大統領はイギリス・フランスと距離を多く外交政策をとった。ソ連に対しても独自外交を展開した。

  60年 アフリカの年
  63年02月 仏ソ通商条約
  65年 仏ソ原子力平和利用協定

64年 ブレジネフ書記長 強いソ連

フルシチョフ書記長、失政により退陣

  食糧不足
  西側諸国に寛容な政策で軍部の批判を浴びる

65年 ベトナム戦争

 65年、アメリカ、ジョンソン民主党大統領を北爆
 一方、ソ連は、ホー=チ=ミン政権を支援

制限主権論とプラハの春

 制限主権論とは

  各国の利益よりも社会主義国全体の利益を優先すべし
   → ソ連は、武力を使ってでも社会主義国を従わせる。

 68年08月 チェコスロヴァキアプラハの春

  (要因)スターリン批判、経済の停滞
  68年春、改革派ドプチェク書記長が就任
   検閲制度の廃止など自由化政策を進める。

  68年8月、ブレジネフ書記長はワルシャワ条約機構を使い
       チェコスロヴァキアへ武力介入。
                         この時の根拠が制限主権論であった。

 

69年 中ソ国境紛争

 スターリン批判で個人崇拝を否定、制限主権論で各国の主権を制限。
 一方、中国は、60年代後半から文化大革命を進め毛沢東への個人崇拝を進めていた。
  そのため、ソ連と中国は対立関係にあった。

 64年、中国は核実験に成功 → 核戦争の危機

 そのような中、69年 中ソは国境問題で武力衝突が発生した。

 これにより、中ソの関係は悪化、中国(毛沢東)は、ベトナム戦争で疲弊していたアメリカに急接近した。70年代の米中国交正常化に向かっていく。

70年代のデタント(米ソ軍縮交渉)へ

 ソ連は、食糧難、中ソ対立、プラハの春などの東欧民主化運動により疲弊していた。
 一方、アメリカもベトナム戦争厭戦ムードが高まっていた。

 そしてなにより、キューバ危機で核戦争の怖さも思い知った。

 これらにより、70年代のデタント(米ソ軍縮交渉)が始まる。

 

次回予告

「1950年代のロシア ソビエト連邦 フルシチョフ書記長 スターリンの死」

このころ日本は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 ソ連に急接近したフランスは

 

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核兵器をもち、国境紛争が起きた中国は

 

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