10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1980年代後半のロシア ソビエト連邦 ゴルバチョフ大統領 原発事故がソ連を崩壊させた。

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。
このころ、ソ連は大きな改革を進めていた。その要因となったのがチェルノブイリ原発事故であった。

88年、ゴルバチョフ書記長は、制限主権論を破棄。翌89年、東欧革命が始まった。その象徴がベルリンの壁崩壊である。

 

86年 改革派ゴルバチョフ書記長誕生

 北カフカス地方出身 → コサック農民
 32-33年の飢饉で農民反乱 → 対応に苦慮
 テクノラート(高級官僚等)ではない。

85年 チェルネンコ書記長 急死

86年2月 改革派ゴルバチョフ書記長が選ばれる。
 ペレストロイカ

86年4月 チェルノブイリ原発事故

 ウクライナの首都キエフの北方にある原発
 ソ連当初、情報を隠蔽 → スウェーデンの情報で発覚

 ハレー彗星の接近、世紀末 → この世の終わり

 グラノスチ(情報公開)にむかう
  報道の自由
  国家機密の公開
   → テクノラートの不正の発覚
  民主化要求が拡大

 選挙制度改革
  複数候補者制度 → 民主的な選挙へ

86年12月 カザフスタンで民族紛争(アルマアタ事件)

87年 ゴルバチョフ大統領民主化を進める

87年 市場経済導入 → 国営企業に独立採算制を導入
87年11月 ロシア革命70周年 → スターリン批判
87年 INF全廃条約(INF=中距離核戦力)
   レーガン共和党大統領

88年 ゴルバチョフ書記長、制限主権論を破棄 → 東欧革命

88年5月 ソ連アフガニスタンから撤退開始

88年 新ベオグラード宣言
   ブルジネフ=ドクトリン(1968年09月)を撤回
    制限主権論を放棄 → 東欧革命へ(89年)

 制限主権論とは
  各国の利益よりも社会主義全体の利益を優先すべし
   → 東欧諸国は、ソ連の支持に従うべき

88年 ソウルオリンピック
 アメリカ、ロシアが12年ぶりに参加

88年 カフカス地方で民族紛争
    アルメニアアゼルバイジャンの国境紛争
    ジョージアとモルダビアの民族衝突

89年 東欧革命でベルリンの壁崩壊   

89年、日本は平成元年でバブル絶頂期であった。
88年の新ベオグラード宣言をうけて、東欧諸国は民主化政策を進めていった。

89年01月 ハンガリー、複数政党制が認められる。

89年03月 新制度の選挙
 複数候補者制度
 大統領制の導入

89年04月 ポーランド、「連帯」が合法化
 
89年05月 中ソ国交正常化
 ゴルバチョフ書記長訪中 → 天安門事件

89年08月 バルト三国「人間の絆」

89年09月 ポーランド「連帯」政権成立

89年09月 ハンガリーオーストリアとの国境開放

89年11月 東ドイツベルリンの壁崩壊

89年11月 ブルガリア共産党政権が倒れる

89年11月 チェコスロヴァキアでデモ → 共産党書記長が辞任

89年12月 マルタ会談で冷戦終結

 アメリカ、共和党ブッシュ(父)大統領
 アフガニスタン撤退 → 冷戦終結宣言

89年12月 ルーマニアチャウシェスク大統領処刑

89年12月 チェコスロヴァキア、新大統領選出

90年 ゴルバチョフ書記長、ノーベル平和賞受賞

ソ連共産党の分裂
 急進改革派 → エリツィン
 穏健改革派 → ゴルバチョフ
 保守派

 

次回予告

「1980年代前半のロシア ロシア連邦

このころの日本は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 

 

このころのフランスは

 

sekaishiotaku.hatenablog.com