10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

15世紀のペルシア ティムール朝 ティムールの病死で永楽帝が命拾い

 15世紀、日本では室町時代金閣寺銀閣寺ができたころである。
 このころ、イランでは世界帝国が再興した。ティムール帝国である。
 西は、シリア・トルコから東は中央アジア・インドまでの大帝国の誕生である。

 

初代国王ティムールの遠征

オスマン帝国マムルーク朝へ侵攻

 98年 デリー=スルタン朝のインドへ侵攻

 00年 中東、シリアへ侵攻
  エジプトのマムルーク朝はこれにより衰退
  1517年に滅亡

 02年 オスマン帝国を滅亡寸前までもっていく(アンカラの戦い)
  オスマン帝国ビザンツ帝国侵攻が止まる。

 07年 中国明王朝侵攻直前で病死

  1398年 靖難の役(永楽帝のクーデター)
      明王朝への報復戦の好機
  しかし、明王朝への進軍の前に病死
 

 シャー=ルフ、明王朝永楽帝使節を交換

 09年に即位


  ヘラートへ遷都

   アフガニスタン西部のヘラートに遷都
   サマルカンドは息子のウルグ=ベクに任せる

  平和外交

   明王朝永楽帝使節の交換が行われる。
   鄭和ティムール朝ホルムズ島を訪れている。

 ウルグ=ベク、サマルカンド天文台を作る

 47年に即位

  トルコ=イスラーム文化

   サマルカンド天文台
   モスク(イスラム寺院)、マドラサ(学校)
   ミニチュアール(細密画)
    → 16世紀のオスマン帝国へ引き継がれる

その後のティムール朝

 69年 ティムール朝分裂
  サマルカンド中央アジア
  ヘラート(イラン、アフガニスタン

 1500年 サマルカンドウズベク人に陥落

 1507年 ヘラートがウズベク人にウズベク人に陥落

 

 

次回予告

「14世紀のペルシア ティムール朝 ティムール、モンゴル帝国の再興にチャレンジ」

このころの日本は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 

このころのフランスは

 

sekaishiotaku.hatenablog.com

 

このころの中国は

 

sekaishiotaku.hatenablog.com