10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1800年代のペルシア カジャール朝 ペルシア統一、ロシアと開戦

 1800年代、江戸時代後期。日本では、徳川家斉大御所政治化政文化が花開いていた。また、ヨーロッパはフランス皇帝ナポレオンがヨーロッパを席巻していた。

 そのころのペルシアは、内乱が終わり、カジャール朝が統一したばかりであった。

 カジャール朝ペルシアは、カフカス地方をめぐりロシア帝国と争うことになる。

 

カジャール朝の成立

1795年 カジャール朝ペルシア、カフカス地方(ジョージア)へ遠征
    ロシア帝国も軍隊を派遣
    しかし、エカチェリーナ2世の死で中断

1796年 カジャール朝がペルシアを統一
 地方政権が強く、権力基盤は脆弱
 初代皇帝 アーガー=モハンマド=シャー
  去勢をしていたため子供はいない

カフカス地方をめぐり、ロシアと戦う

1797年 第2代 ファトフ=アリー=シャーが即位
 国民の評価は低い
 強大なハーレムと100人の子ども

 即位直後に、反皇帝派が反乱 → 粛清を繰り返す。
 これにより、王権は強化された。

 100人の子ども → 地方行政官(太守)任命
 皇太子は、カフカス地方アゼルバイジャン(タブリーズ)の太守
  タブリーズは、テヘランに次ぐペルシア第二の都市となる。

01年 ロシア帝国オスマン帝国よりカフカス地方ジョージア獲得

04年 ロシア帝国と戦争が始まる。
   カフカス地方をめぐる戦い
   アゼルバイジャン(タブリーズ)の活性化
   カフカス地方 ジョージアはこれに脅威を感じ、ロシア帝国に接近
   この戦争をきっかけにカジャール朝は軍隊の近代化を行う。

ロシア帝国 カジャール朝ペルシアと交戦中

 カジャール朝ペルシアと交戦中のロシア帝国は、アレクサンドル1世の時代である。

 このころ、ロシアはカジャール朝ペルシアやフランス(ナポレオン)だけでなく、オスマン帝国スウェーデンとも戦っていた。

 01年 アレクサンドル1世即位
  ナポレオン戦争真っ只中
 04年 カジャール朝ペルシアに開戦 13年まで
 05年 アウステルリッツ三帝会戦 
    フランス(ナポレオン)に敗戦
    大陸封鎖令 → 穀物をイギリスに売れなくなる。
 06年 オスマン帝国と開戦 12年まで
 08年 スウェーデンと開戦 09年まで
 09年 スウェーデンに勝利、フィンランドを割譲

イギリス 小ピットとナポレオン

 01年 アイルランドを併合
 02年 アミアンの和約、フランス(ナポレオン)と講和

 04年 小ピット内閣
  第3回対仏大同盟
  トラファルガー海戦でフランス(ナポレオン)に勝利

 06年 小ピット死去
 
次回予告

「18世紀のペルシア カジャール朝 サファヴィー朝崩壊後の内乱」 

 

 

このころの日本は

 

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このころのヨーロッパは

 

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このころの中国は

 

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