10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

イラン・ペルシアの歴史 番外編 ホルムズ海峡って何?

 こんばんは、sekaishiotakuです。

 イランが、ホルムズ海峡でタンカー攻撃を実施。アメリカとイランの関係は再び悪化しています。
 イランとアメリカの関係については、本編を見てください。

 今回は、タンカー攻撃の舞台になったホルムズ海峡の歴史を見ていきます。

 

 

ホルムズ海峡ってどこ?

 ペルシア湾アラビア海(インド洋)の間にある海峡
 ペルシア湾UAEサウジアラビアイラク、クェートなどの重要産油国が多くここが封鎖されると石油供給に支障をきたす。世界有数のチョークポイント*1である。

歴史

紀元前3世紀

 アレキサンダー大王が訪れる。

10世紀

 ムスリム商人によってホルムズ王国が成立
 アッバース朝の衰退期で
 ペルシア周辺ではサーマーン朝やブワイフ朝が成立していた。

 ホルムズ王国はインド商人とジェノヴァ(イタリア)商人の中継基地として栄えた。

13世紀

 モンゴル(イル=ハン国)の支配下にはいる
 このころ、東方見聞録をかいたマルコ=ポーロが訪れている。

14世紀

 モンゴル(イル=ハン国)の支配下
 オスマン帝国の勢力拡大により
  ジェノヴァ商人が訪れなくなり衰退期に入る。
 このころ、イスラム圏の歴史家イブン=バットゥーダが訪れいている。

15世紀

 ティムール王朝の支配下にはいる
 1412年 明王朝永楽帝
  鄭和の大航海でホルムズ島のホルムズ王に親書を渡す。

 1498年
  ボルトガル、ヴァスコ=ダ=ガマがインド航路を開拓

16世紀

 1515年 大航海時代
  ポルトガルホルムズ島を占領

17世紀

 1622年
  サファヴィー朝ペルシアのアッバース1世がポルトガルを駆逐
  イギリス東インド会社サファヴィー朝ペルシアを支援

1970年代

 イラン革命
  親米政権のパフレヴィー朝が倒れ、イラン=イスラム共和国になる。
 この革命以降、イランとアメリカの対立は始まる。

1980年代

 イラン・イラク戦争時に海峡封鎖
  → 第二次オイルショックにつながる

1990年代

 湾岸戦争時、機雷が設置された。
 戦争終了後、日本の自衛隊はこの機雷除去をおこなった。


2010年代

 UAE、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインを建設

*1:地政学の用語で、戦略上重要な海上水路