1940年代前半のロシア ソビエト連邦 スターリン書記長 第二次世界大戦下のソ連
1939年、第二次世界大戦が勃発。
ソ連もこの戦争に参加した。当初、ドイツ陣営で参戦したが、途中でイギリス陣営に変った。
第2次世界大戦 開戦、独ソによるポーランド分割
第2次世界大戦直前まで、ソ連は国際的に孤立していた。
しかし、ナチスドイツが急遽ソ連側に寝返った。
これにより、第2次世界大戦が始まった。
39年08月 独ソ不可侵条約
39年09月 ソ連、ドイツとともにポーランド侵攻
→ 第二次世界大戦が始まる。
ソ連、バルト三国へも侵攻
ソ連、ドイツ(枢軸国)側からイギリス(連合国)陣営へ
ポーランドが消滅、ソ連とドイツが国境を接し
フランスを占領するとドイツは、ソ連を仮想敵国とした。
ついに、独ソ戦が始まった。
独ソ戦が始まると、ソ連はイギリス・アメリカに接近した。
41年04月 日ソ中立条約
日本 ⇒ 対イギリス、アメリカとの開戦に備える。
ソ連 ⇒ ポーランド分割が終了 → 独ソ戦に備える。
日露戦争時の英仏協商に近い役割を期待したが、
総力戦化した第二次世界大戦には効果がなかった。
41年06月 独ソ戦開戦
独ソ不可侵条約破棄、しかし日ソ中立条約は継続
41年07月 英ソ相互援助条約
ソ連は、ドイツ陣営(枢軸国)からイギリス陣営(連合国)へ
ソ連は、ヨーロッパ戦線では完全にイギリス陣営に入った。
イギリスは、イラン経由でソ連へ物資を供給
42年 連合国優勢に
41年12月 、アメリカ、日本の真珠湾(ハワイ)攻撃
→ アメリカ世論の厭戦ムードが吹き飛び、太平洋戦争が始まった。
→ また、ヨーロッパ戦線に参戦をした。
ヨーロッパ戦線
イギリス陣営 アメリカ、ソ連(←各国共産党)
ドイツ陣営 イタリア と、フランスなどの各国傀儡政権
アジア、太平洋戦線
アメリカ陣営
中国(国民党と共産党)、イギリス(イギリス領インド)
日本陣営
ソ連は中立 → しかし中国共産党をひそかに支援、
42年08月 、ソ連、ナチスドイツとスターリングラード攻防戦
バクー油田(カフカス地方)をめぐる戦い
イギリスがイラン経由でソ連に物資援助
42年11月 、連合軍(英米)北アフリカ上陸
43年02月 、ソ連、スターリングラード攻防戦にナチスドイツに勝利
冬将軍(ナポレオンを撃退した)の支援を受ける。
冬将軍 → ロシアの寒さと飢えで戦意を焼失
43年 戦後構想でソ連とイギリスが対立
連合国側の勝利が見えてきて、戦後構想についての首脳会談がおこなれるようになる。
各国首脳の思惑
イギリス、チャーチル首相
ヨーロッパ、
ナチスドイツは風前の灯火
むしろ、共産党の躍進のほうがこわい
→ ソ連の発言力を高めたくない(ソ連の戦力はあまり使いたくない)
アジア・太平洋
あまり興味がない
ソ連、スターリン書記長
ヨーロッパ
ヨーロッパ各国に共産党政権を樹立したい。
そのため、発言力を高めておきたい。
アジア・太平洋
中国共産党を支援したいが
強国に日本と戦争したくない。
アメリカ、ルーズベルト大統領
ヨーロッパ
興味がない
アジア
かなり苦戦 → できればソ連の支援を得たい。
43年05月 、ソ連、コミンテルンを解散
43年07月 、連合軍(英米)、イタリア(シチリア)上陸
枢軸国イタリア、ムッソリーニが失脚
43年09月 、枢軸国イタリア、降伏
43年11月 、テヘラン会談
ソ連と英米の初の首脳会談
連合国はどこから上陸するか
イギリス → バルカン半島から上陸
バルカン半島に影響力を持ちたい
ソ連 → フランス北部から上陸
バルカン半島に影響力を持ちたい
⇒ ソ連案を採用、ノルマンディ上陸作戦につながる。
ポーランド国境問題
ソ連とポーランドの国境をどこに置くか
ソ連とイギリスにあるポーランド亡命政府が対立
44年06月 、連合軍(英米)ノルマンディ上陸作戦
44年08月 、連合軍(英米)パリ解放
45年02月 、ヤルタ会談
黒海にあるクリミア半島(ウクライナ)のヤルタで米英ソの首脳が会談
国際連合
米英ソ + 独立を回復したフランス、中国(国民党)
拒否権(5か国の全会一致)の導入 ソ連単独で国連軍の派遣を中止できる
ドイツの戦後処理
米英ソ+独立を回復したフランス による分割統治
ポーランドの自由選挙
国内で活動する共産党(ソ連)
イギリスに亡命している亡命政府
ソ連の日本参戦(秘密条項)
45年 終戦へ
45年04月 、アメリカ、ルーズベルト大統領急死
→ 副大統領トルーマンが昇格
45年05月 、ベルリン陥落 → ドイツ無条件降伏
西から、フランスを解放した連合軍(英米)
東から、ソ連軍
5月2日、ソ連が先にベルリンに到着
45年7月 、ポツダム会談
ドイツ、ベルリン郊外ポツダムで会談
日本への最後通牒
米英中で表明 → ソ連の対日参戦は隠す
アメリカ、トルーマン大統領がはじめてスターリン書記長とであう。
ルーズベルト大統領がソ連と結んだ密約を知る。
この会談中に、原爆完成の報を受ける
→ ソ連の援助がなくても日本に勝てそう
45年8月 、アメリカ、原爆投下
ソ連、日ソ中立条約を破棄して日本へ侵攻
日本無条件降伏
次回予告
「1930年代のロシア ソビエト連邦 スターリン書記長
世界恐慌の影響をうけないソビエト連邦」
このころの日本は