10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

紀元前6世紀以前の中国 神話から孔子が生まれるまでの中国の歴史

 漢代の歴史書史記』によると、三皇五帝の時代で中国の歴史が始まったとされる。三皇五帝とは、中国の建国神話で、3人の神と5人の天子で中国が始まったとされる。その後、最初の王朝、夏王朝が成立されたとされる。夏王朝は、三皇五帝の最後の天子から禅譲されたといわれている。しかし、歴史的にこの王朝は証明されていない。

 紀元前16世紀

 黄河流域に殷王朝が成立した。黄河下流域の河南省で殷墟(殷王朝の跡)が発見されている。亀の甲羅や動物の骨を焼く占いで政治を行った。(神権政治)血縁による集団(氏族集団)でまとまっていた。彼らは亀の甲羅などに文字を記していた。これを甲骨文字という。硬いものに文字を書いていたため、直線が多い。これがのちの漢字のルーツになる。

紀元前11世紀

 黄河流域のいまの西安(当時は鎬京<コウケイ>とよばれていた)場所に周王朝が成立した。周王朝が有力な家来を婿入りさせ親戚関係にしたうえで、地方の統治を世襲の形で任せた。地方の統治を任されたものを諸侯と呼んでいた。この地方統治体制を封建制という。

紀元前8世紀

 西方(中央アジア)から異民族が侵入。紀元前770年西安から東に進んだ黄河流域の洛陽(当時は洛邑<らくゆう>と呼ばれていた。)に都を移した。この時代から8世紀(唐王朝末期)まで都は、西安と洛陽のどちらかであり続けた。

紀元前7世紀

 異民族の侵入で周王朝が衰退し、諸侯の発言力が強くなった。有力な諸侯は覇者<ハシャ>と呼ばれた。この時代からの戦乱期を春秋・戦国時代という。
 それでも周王朝の権威はまだ保ち続けた。その象徴が周王朝の賜りものに書かれていた漢字であった。
 当時の覇者は、春秋五覇と呼ばれる。5人の覇者が登場するが、時代によって5人の国や王がかわる。呉越同舟や臥薪嘗胆の語源となった呉と越は、長江の下流(東部、東シナ海沿岸)にあった国である。余談だが、2世紀に孫権は、この地に呉王朝をたてる。

紀元前6世紀 

儒教の祖、孔子が生まれる。

 

これで、中国の歴史は最終回です。来週以降は、フランスの歴史とイラン(ペルシア)の歴史をやっていきます。