4月からイランの歴史を取り扱っていきます。今回は、イランの地理と周辺諸国を取り扱っていきます。また、原則イランの歴史を取り扱っていきますが合わせて、イラク、クウェート、アフガニスタンの歴史も取り扱ってきます。
イランってどこ?
イランは、中東に属する国です。日本から見れば西アジアに属する国と話したほうがイメージがわきやすいと思います。インドなどの南アジアとヨーロッパの間に属するアジア諸国のことを指します。
その中でイランは、東に属する国です。中国、中央アジア、インドから中東に入るには最初に入る国がイランになります。
イランの周辺諸国は
北 カスピ海とロシア
カスピ海を挟んで、ロシアに面しております。
カスピ海の西側には、旧ソ連のアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアなどがあります。
カスピ海の東側には、中央アジアのトルクメニスタンがあります。
東 インド・中国との間にはどの国がある。
南 アラブ諸国とホラズム海峡
ペルシア湾をはさんでサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)などのアラブ諸国と対峙しております。
また、ペルシア湾は、ホラズム海峡を抑えることでインド洋に出ることができません。そのため、ホラズム海峡は地政学的に重要なポイント(チョークポイント)といわれ、ここをめぐる戦争も多数行われています。
西 トルコ、イラク、クウェート
トルコ → かつてオスマン帝国としてヨーロッパに脅威を与えていた国
自然環境 イラン高原と乾燥地帯
国土の大部分がイラン高原といわれる高地で雨が少なく農業に適した地域は少ない。インド洋に面していないため、寒暖の差が激しい。
西のイラクとの国境に流れるアルヴァンド川流域が農業に適している。そのため、主要都市は西側に多い。
しかし、近代までは、中国、中央アジア、インドとオリエント・ヨーロッパを結ぶ陸上交通の要所として栄えた。
19世紀に入ると、ロシアとイギリス(イギリス領インド)の争いの舞台に
20世紀に入ると油田の発見されるとさらに列強の注目の的となった。
人種 ペルシア人
中東というとアラブ人のイメージが大きいですが、実際にはトルコ人、ペルシア人、イラン人が大部分を構成しております。
イランの大部分はペルシア人です。人種としては、ヨーロッパに近く、青い目をした白人です。日本の有名人では、MayJさんやダルビッシュ有さんはイランの血が流れています。
宗教 イスラム教シーア派
中東はイスラム教を信仰する国がほとんどです。ただ、その大部分はスンニ派を信仰しています。しかし、ペルシアではシーア派を信仰しています。そのため、ほかの中東諸国との関係はあまりよくありません。なぜ、ペルシアがシーア派を信仰しているかは本編で確認してください。
次回から、イランの歴史に入っていきます。
初回は、現在のイランをみていきます。
お楽しみに
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このころの日本は