10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

4世紀の中国 魏晋南北朝の戦乱期 北は北方騎馬民族の短命王朝が続き、南朝では、晋王朝に多くの門閥貴族が避難

晋の統一で再び平和が訪れると思われた中国は、後継者争いで再び戦乱の世に戻った。
華北では、五胡(ごこ)と呼ばれる異民族が交代で王朝を作った。
一方で、江南では、晋王朝が遷都。多くの門閥貴族が避難した。
このような戦乱期であったため、この時代の日本の情報が乏しい。そのため、3世紀の邪馬台国と5世紀以降のヤマト政権の関係が謎になっている。なお、この時期、多くの古墳が作られた。

 

晋王朝、後継者争いで短命に終わる。

 魏王朝の役人採用制度九品中正を継承。しかし、このころになると人物よりも家柄が重視される。上級役人の家柄は門閥貴族と呼ばれた。

280年 晋王朝呉王朝を滅ぼし、中国を再統一。
    →三国時代の終焉。
300年 八王の乱晋王朝の後継者争い
    →北方騎馬民族(五胡)を使って戦う。
304年 匈奴劉淵漢王朝をたてる。
311年 永嘉の乱 匈奴漢王朝晋王朝へ侵攻、
    都の洛陽は陥落。晋王朝は江南へ逃れる。

北朝五胡十六国時代 異民族による短命王朝期

華北は、異民族の五胡が互いに争っていた。五胡十六国時代
このような戦乱の時代、宗教に頼る。仏教と道教がはやる。仏教徒道教徒が互いに争う。
五胡十六国時代は、439年鮮卑族北魏王朝が華北を統一するまで続く。

匈奴(きょうど) 紀元前3世紀ごろから漢民族を襲っていた北方騎馬民族晋王朝を滅亡させる。
羯(けつ) 北方騎馬民族→ 仏教を保護
鮮卑(せんぴ)モンゴル系とツングース系(のちに金王朝をたてる中国老北部の民族)の混血。匈奴服従していたが後に独立。最終的に北魏を成立させる。
氐(てい) チベット
羌(きょう) チベット

南朝 東晋 亡命豪族が、大規模農場経営で六朝文化を開花

長江流域の江南は、晋がかつての呉の都建業(建康に改名)に遷都した。(東晋)。多くの門閥貴族は、華北の戦乱をさけ江南へ避難した。彼らは大きな荘園をもち、多くの小作人を雇って耕作させていた。門閥貴族を中心に六朝文化が花開いた。仏教・道教の信仰もこの時代の特徴である。
貴族の大土地所有が一般的。皇帝よりも門閥貴族が発言力を持った。
403年、晋王朝は滅亡。宋王朝が成立。このあと、多くの短命王朝が続いた。これを南朝六朝という。

 

このころの日本は、

 

sekaishiotaku.hatenablog.com