10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1989年の中国 中華人民共和国 民主化を求める学生デモ武力鎮圧

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天安門広場


 鄧小平の開放経済政策が進む中、学生や知識層の中から政治的民主化を求める動きがおこった。つまり、中国共産党一党独裁の打破である。その原因は、開放経済政策による物価高騰と私服を肥やす特権階級への批判であった。

 きっかけは86年に失脚した民主化のリーダー胡耀邦氏の死であった。このことによって中国全土で政治的民主化を求めるデモが起こった。デモが大規模になると中国共産党戒厳令(テロ等に対処するため軍隊に一定の権限を与えること)を引いてデモを禁止した。それでもデモを行使したため、6月4日北京の天安門広場のデモに対して軍隊を投入した。

 当時、ソ連(現在のロシア)のトップは、冷戦を終結させたゴルバチョフ書記長であった。1950年代からソ連と中国は対立していた。しかし、ゴルバチョフ書記長の登場によって、中ソ関係は正常化した。天安門事件のとき、ゴルバチョフ書記長の訪中中のため、外国メディアが多数あつまっていた。そのため、天安門事件はすぐに世界を駆け巡った。

 軍隊の投入は、国際的に批判を浴び、国際的に孤立した。また、天安門事件をうけて趙紫陽総書記は失脚し、江沢民総書記が擁立された。

そのころの日本は

 

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