10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

17世紀のペルシア サファビー朝 アジア4大帝国の成立と「イスファハーンは世界の半分」

 17世紀、日本では、江戸幕府が成立。戦国の世が終わり泰平な時代が訪れた。

 そのころ世界では、アジアの4大帝国がでそろった。中国の清王朝、インドのムガル帝国、ペルシアのサファヴィー朝、トルコのオスマン帝国である。

 サファヴィー朝ペルシアは、17世紀初頭全盛期を迎える。アッバース1世の時代である。首都イスファハーンは「世界の半分」と呼ばれた。

 

アッバース1世

  オランダ、イギリスを支援のもと、軍隊を近代化
   → オランダはスペインと独立戦争
     イギリスはオランダを支援

98年 シャイバーニー朝ウズベクを破り、ホラーサーンを回復
 シャイバニー朝ウズベク
  中央アジアの国(現在もウズベキスタンとして残っている)

 

03年 オスマン帝国に勝利、カフカス地方アゼルバイジャンを回復

 

16年 イギリス東インド会社と貿易協定を締結
    ペルシア軍の近代化を支援

 イギリス東インド会社
  00年に設立
  このころ、イギリス・オランダがアジアへの進出を始めた
  徳川家康の外交顧問は、オランダ人とイギリス人であった。

22年 軍隊の近代化により、ホルムズのポルトガルを駆逐
    イギリス東インド会社が支援
    このころ、ポルトガル
     1580年 スペインに併合
     39年 徳川家光鎖国政策(ポルトガル商船の入港禁止)

24年  オスマン帝国を破り
    イラクメソポタミア)のバグダードを再征服
   イスマイール1世の雪辱を果たす

29年 アッバース1世亡くなる

アッバース1世が亡くなり衰退期に入る

サフィー1世

29年 即位

38年 オスマン帝国イラクメソポタミア)を奪われる。

アッバース2世

42年 即位 、宰相サルー・タキが実権を握る

45年 宰相サルー・タキ暗殺 → 皇帝親政へ

48年 ムガル帝国からカンダハールを奪う

サフィー2世

66年 即位
 皇帝は政治に興味がない → 衰退期に入る

69年 コサック(ウクライナカスピ海沿岸に侵攻

コサック

 48年 リトアニアポーランド王国に対し反乱
 54年 ロマノフ王朝ロシアに臣従
 67年 リトアニアポーランド王国と講和

  ロマノフ朝の重要な軍事力であった。

 

次回予告

「16世紀のペルシア サファヴィー朝

このころの日本は

 

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このころのヨーロッパは

 

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このころの 中国は

 

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