10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

2010年代のイラン イランVSサウジアラビア

 現在のイランは、国際的に孤立している。その理由は、次回紹介する核開発疑惑とシリア内戦である。しかし、アラブの春イラク戦争の影響で、中東諸国での発言力は高くなった。現在、中東の盟主の立場として、サウジアラビアとの対立を深めている。

 一方、周辺諸国の状況は、イラクは、ポストフセイン体制の構築にいそしんでいる。また、アフガニスタンは、タリバンとの和平交渉が政治課題である。

 

 

 

イランの政治  宗教による統治と人権問題

 イランの正式名称は、「イラン・イスラム共和国」です。イスラムシーア派を国教とする宗教国家です。日本の総理大臣にあたる最高指導者はイスラム法学者となる。シーア派預言者がまた復活すると考えているため、キリスト教カトリックローマ教皇のような人はいません。そのためイスラム法イスラム教の教義)をよく理解している法学者が預言者の代わりに最高指導者を務めることになります。ちなみに、スンニ派ローマ教皇の地位はカリフが担います。
 異教徒については一定の権利をあたえているもの、女性のヒジャーブ(イスラム教の女性が来ている顔の大部分を隠した服)の着用義務や宗教にもとずく非人道的な刑罰は国連などから人権問題として扱われています。

イランの国際情勢 スンニ派の盟主サウジアラビアとの対立

対日本

 イランは日本に対して比較的有効な関係が結べています。

 

サウジアラビアとの対立

 アラブの春イラク戦争で中東諸国の国際的政治力が衰える中、台頭してきたのが、イランとサウジアラビアである。サウジアラビアスンニ派の盟主となる。シリア内戦では同じスンニ派反政府軍を支持。シリア内戦など中東各地の紛争でイランVSサウジアラビアの構造が成立している。

シリア内戦 サウジアラビアとの代理戦争

 シリアは、1970年代からアサド政権による長期開発独裁が続いていた。アサド政権は少数派のアラフィー派で、多くのスンニ派国民を統治していた。

 11年3月、「アラブの春」の影響を受けて、シリアでも反アサド政権の民主化運動が始まった。アサド政権はこれに対し、一定の民主化を認めたものの。一部の過激派が武器を持った。

 軍事力の観点から考えれば、アサド政権が簡単に鎮圧できるはずだった。しかし、反政府軍を支援する部隊の影響で内戦は長期化した。アメリカ、EU、トルコ、サウジアラビアなどの諸外国とイスラム過激派である。

 これに危機感をいだいたのは、ロシア、中国、イランである。彼らはアサド政権を支援した。この結果、シリアの民主化運動は国際紛争に変貌した。

 さらに14年、シリアとイラクの国境にISIL(イスラム国)が成立。イラク戦争で弱ったイラクと内戦で混乱するシリアに進出した。その結果、シリア内戦は、アサド政権、反体制派、ISの三つ巴の状態になった。

 シリア内戦は、今のなお続いている。19年3月、ISILはシリアでの拠点を完全に失った。しかしまだテロ活動は続いている。

欧米諸国から経済制裁を受ける

 1978年イスラム革命以降、欧米諸国との関係は悪化しています。2002年から始まった核開発疑惑問題(次回、参照)でますます関係が悪化しています。そのため、国連などから経済制裁を受けています。

周辺諸国の状況

イラク ~ポスト・フセイン政権~

 イラクは、スンニ派シーア派クルド人による多民族国家である。現在シーア派が政権を握っている。

 2010年、イラク戦争で駐屯したアメリカ軍が撤兵。2013年ISILがイスラム国の建国を発表も、2017年、ISILの拠点をすべて殲滅。

アフガニスタンタリバンといかにつきあうか~

 現在、アフガニスタンは、タリバンとの和平交渉を進めている。

 タリバンは、アフガニスタンを拠点とするイスラム過激派

 11年、タリバンのトップ、ビン=ラディンを殺害とCNNが発表。一方でタリバンカルザイ大統領の弟を暗殺などのテロ行為を実施。

 14年、政権交代でガニー大統領が誕生。15年からタリバンとの和平交渉が始まる。

次回は

 欧米諸国との対立の容認となった核開発疑惑を中心に2000年代のイランを見ていきます。

このころの日本は

 

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 このころのヨーロッパは

 

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 このころの中国は

 

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