10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

1930年代の中国 中華民国 満州国建国と日中戦争

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日中戦争

1930年の中国は、中華民国蒋介石の国民党が権力を握っていた。31年、中国南部で毛沢東共産党政府を成立させた。中国東北部では、31年満州事変が勃発。翌32年には日本軍の支援の下、満州国が独立。当初、国民党政府は共産党政府の攻撃を重視した。しかし、36年西安事件をきっかけに国民党と共産党が和解。共同した日本と戦うようになる。

  南京(上海周辺)には、27年のクーデターで成立した蒋介石の国民党政府があった。蒋介石を支えたのは、上海の銀行資本家でその後ろにはアメリカ・イギリスがあった。国民党政府は、35年通貨統一を実施。これにより地方の軍閥の力は弱まった。
 一方で、27年のクーデターで追放された共産党は、31年中国南部江西省瑞金に中華ソヴィエト共和国を成立。これに対し南京の国民党政府は包囲戦を繰り返した。その時のリーダーが毛沢東である。
 一方、国民党政府の支配下にはいった中国東北部では、31年満州事変が勃発。32年には日本軍の支援の下満州国が建国された。これに対し、国民党政府は国際連盟に提訴。リットン調査団が派遣された。国際連盟は、中国側を支持。日本はこれを不服として国際連盟を離脱した。
 国民党政府の攻撃を受け続けている中華ソヴィエト共和国(共産党)は、34年長征を開始。35年八一宣言をだし、内戦停止と抗日運動を促した。蒋介石はそれでも共産党との戦いを重視した。しかし、36年、軍閥の張学良が蒋介石を説得(西安事件)。37年盧溝橋事件をきっかけに日中戦争がはじまると、第2次国共合作が成立した。37年に南京が陥落すると奥地の重慶に臨時政府を樹立。日中戦争は泥沼化した。40年には日本は、元国民党の汪兆銘親日政権を南京に樹立した。

そのころ日本は、

 

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