10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

2000年代の日本 平成 小泉純一郎 9・11と格差社会

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六本木ヒルズ


 2000年代の流行の特徴は、格差社会の象徴となった。低価格ファッションのユニクロと金持ちの象徴である六本木ヒルズである。お笑いでは、M-1エンタの神様など80年代の集団コント型から、漫才などのネタ勝負型になった。音楽では、宇多田ヒカルのような実力派シンガーの時代になる。

  2000年代の日本経済は、回復基調にあったが雇用環境の改善までにはいかなかった。そのため「仕事なき景気回復」と呼ばれた。また、アメリカ初の不況が起きた2001年ITバブル崩壊、2008年のリーマンショックである。1999年の小渕内閣は、大手金融機関の破綻をうけて、財政再建を棚上げにして景気対策を行った。一方、2001年に成立した小泉政権は、主たる景気対策は行わなかったが小渕政権時の景気対策が功を奏し景気は回復基調にあった。一方で、小泉政権は派遣業法の改正を行い。派遣社員(非正規雇用)が大幅にふえた。これは、2008年のリーマンショックの際に、多くの失業者を生み出した。

 2000年代の日本政治は、政治不信がぬぐえていなかった。そのような中、国民から人気の高かった2001年小泉純一郎政権が成立した。小泉純一郎首相はワンマンなイメージがあるが、これは90年代の政治改革によって、首相や党首の権限が強まり、一方で派閥の領袖などの陰の実力者の権限は小さくなった。2006年小泉首相が引退すると、1年ごとに内閣が変わる状況が続いた。08年の派遣社員の首切り問題をきっかけに、翌年、民主党政権交代した。
 世界的には、9・11テロというニューヨークで発生したイスラム原理主義者の同時多発テロで始まり、その後アフガン戦争、イラク戦争へと進んだ。日本では、湾岸戦争の反省と小泉純一郎の剛腕により有事関連三法やイラク特措法が成立。迅速な対応が行われた。また、北朝鮮との首脳会談が行われ、拉致被害者の一部が日本に帰国できた。