10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

18世紀の日本 江戸時代後期 異国船対応と財政難に対応する江戸幕府

 18世紀は、5代将軍徳川綱吉~11代将軍家斉の時代である。
 犬将軍こと第5代将軍綱吉の時代には、忠臣蔵で有名な赤穂浪士の討ち入り事件が起こる。生類憐みの令がだされたのもこの時代で、財政政策では、財政難を乗り切るため、貨幣の乱発を行い、インフレが起きた。そのため、景気が良くなり、また、奥の細道で有名な松尾芭蕉などで代表される京都・大阪を中心とした元禄文化が始まった。また、朱子学を重んじ、湯島聖堂がたてられたのもこのころでる。また、この時期富士山が噴火した。これ以降現在(2018年)まで噴火していない。
 その後を継いだ新井白石は、今度は物価高を抑えるため金融引き締めを行い、物価は安定したが、不況になり元禄文化は衰退した。
 1716年、7代で徳川家康の直系が途絶え、親戚の紀州徳川家和歌山県)から徳川吉宗が即位する。財政的にも軍事的にも危機下にある中、吉宗は、享保の改革という財政改革を行った。また、海外情勢を仕入れるため洋書輸入の禁を緩和した。ここから医療分野を中心に蘭学が始まる。幕府と同じように地方の大名も財政難であり、諸藩は各地で藩政改革を行っていた。
 吉宗の後、田沼意次が老中になると、商工業からの税収を狙って、商業振興をすすめた。
 寛政の大飢饉で田沼意次が失脚すると、松平定信寛政の改革を行う。財政改革である。その結果、田沼時代に回復した景気は再びしぼんでいった。
 このころになると、ロシア船が開国を求めて頻繁に日本を訪れるようになる。

 

 明日の19世紀からは10年単位で進めていきます。