10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

15世紀の日本 室町時代 武家と公家の融合の象徴、金閣寺、銀閣寺

 15世紀は室町時代であり、この時代に戦国時代が始まる。
 15世紀になり、北京の永楽帝がクーデターで明皇帝に即位すると、周辺国に朝貢を求めた。足利義満は、これを快諾し朝貢貿易を始め、経済力を得た。これを背景に北山文化が始まった。金閣寺はその一例である。北山文化は京都のきらびやかな貴族文化と禅宗の影響を受けた質素な武家文化が融合した文化であった。
 13世紀鎌倉時代の武士は、血統で結びついていた。しかし、15世紀になると、南北朝の動乱や守護の権限強化によって、家々の長ではなく各地の守護と結びつくようになる。こうして地位をあげた大名を守護大名という。南北朝の戦乱が落ち着くと大きな戦乱がなくなったため、軍事力よりも政治力がものをいう時代になる。そのため、有力武士は所領に戻らず京都に居つき、自分の部下(守護代)を所領に派遣させて所領の統治を任せるようになった。そのため、地方では、有力武士ではなく部下(守護代)や地方の豪族(国人)が力を持つようになる。一方で有力武士は、京都に在住し公家化していった。京都の貴族の遊びや京言葉を話せることが当時の武士のステータスであった。
 15世紀半ば、将軍の後継者争いで再び京都で戦乱がおこる。応仁の乱である。これは、有力な武士の後継者争いが絡んだため、大規模になるとともに長期化し、京都は焦土と化した。この結果、室町幕府の権力が地方に及ばなくなり、守護大名やその土地の有力武士(守護代や国人)が武力をもって独自に政治を行うようになった(戦国大名)。戦国時代の始まりである。ちなみに、応仁の乱期の将軍足利義政は、銀閣を中心とした東山文化を形成した。茶道、華道などのわびさび文化はこの時代に形成された。庭園では水を使わない石庭(枯山水)などが流行った。ちなみに四畳半はこの時代に始まった。
 室町時代の農業は、14世紀から引き続き、農業生産性が向上していた。工業では勘合貿易の輸出品として織物生産が盛んになった。西陣織などがその一例である。としてとしては貿易港として、博多、山口、堺が発展した。また、当時は力が正義の時代であった。年貢の引き下げや借金の帳消しをもとめて土一揆がおこった。