10年単位100年単位でみる世界史まとめブログ

世界史を初めて学ぶ方のために、地域ごとに18世紀までは100年単位、19世紀以降は10年単位でまとめたブログです。わたしも世界史を勉強し始めたばかりなので一緒に勉強できればと思います。

12世紀の日本 平安時代末期 戦乱により台頭する武士

おはようございます。
sekaishiotakuです。

 

 院政がすすみ、天皇上皇天皇を譲位して、政治に集中する)などの対立が生じ、多くの戦乱が生じた。保元の乱平治の乱である。この対立では武士が活躍した。その結果、武士の発言力が大きくなった。
 そこで登場したのが、平清盛である。瀬戸内海の海賊退治で名をあげ、保元の乱平治の乱で勝利し、太政大臣となった。経済面でも、大輪田の泊(のちの神戸港)を整備し、9世紀に成立した宋との交易で大きな利益を上げていた。当時の宋は靖康の変で華北を東北部の女真族に奪われていたが、農業技術の進歩や商業の活発で経済は活気を持っていた。ちなみに宋との貿易で多くの銅銭が日本に流入し、13世紀に貨幣経済が浸透するきっかけとなった。
 一方、関東の武士たちが、平治の乱島流しにされた源頼朝を担ぎ上げ、鎌倉に軍事政権を樹立した。鎌倉武士の頭領となった源頼朝は、京都にいた平家を滅亡させ、地方武士の地位向上に努めた。そして、将軍(征夷大将軍)となった。
 源頼朝は、京都から守護(地方の警察・司法権)と地頭(土地の管理者)の任命権を得て、これを使って武士をコントロールした。12世紀末の日本は、京都を中心とした皇室公家のグループと鎌倉を中心とした源氏、そして東北地方の奥州藤原氏の3つに分断されていた。